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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第三章 夢にまで見た外界
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第十六頁

「あれでよかったのか? お母さん、まだ何か言いたそうにしてたけど……」

「いいんです……」


 メグルはただそうとだけ言って後は何も言わなかった。

 向かう先も、メグルに付いて行けば分かる。

 平原の向こうに見えるのは、炎蛇が住んでいた山が山だったなんて思えない程に巨大な山。

 山頂付近には雪が積もり、雲までかかっている。

 あれを越えて行くのは過酷そうだ。

 そのためか、今日はその山の麓付近の森で野宿をすることになった。

 持たされたリュックの中には、固い動物の皮で作られたテントも入っていたから、寝る場所には困らなかった。

 ただ、メグルは晩になっても明るく振る舞ってはくれなかった。

 月夜を眺めては、寂しそうな顔をしている。


「メグル、そんなに辛いんならもう少し村にとどまってからでもいいと思うぞ? 今ならすぐに引き返せるし」


 そんなことは言うべきではないと思ったが、メグルの様子があまりにも酷く落ち込んでいるように見えたので、俺は心配で仕方なかった。


「そんな……。私、心に決めて出たんです。今更戻るなんて……」


 予想通りの答えが返ってきた。


「そうか……」


 ぱちぱちと、地面に掘った穴の中で焚火は燃え続けている。

 その炎に照らされたメグルの顔は、寂しげながら、眠たそうだった。


「あんまり考え込んでるとこの先持たないぞ。もう寝よう。火も消そうか」

「はい……」


 メグルが頷くのを見て、俺は火に土をかけた。

 火が消え、暗くなるとメグルが袖を掴んでくる。


「どうした?」

「……一緒に」

「一緒に?」

「……寝ませんか」

「まあ、同じテントだから、必然的に一緒に寝れるんじゃないか?」

「そうじゃなくて、一緒のお布団で寝たいです……」

「え……」

「い、いやらしい意味じゃないです……。ただ、その、寂しいので……」


 うつらうつらしながら、メグルは恥ずかしげに頼んでくる。


「まあ、メグルがいいならいいけど」

「えへ……」


 何だか児童みたいな笑みを浮かべると、メグルは俺の袖を引っ張ってテントの中へと入って行く。


「ここに寝てください……」


 ぽんぽん、と寝る場所を指定され、俺はそこに横になる。

 仰向けに寝転がると、


「こっち向いてくだしゃい……」


 また指示された。


「う……」


 顔が近い……。

 いやらしい気持ちは無いと言っていたが、俺がその気になってしまう。


「スグルさんの手、温かい……」


 いつの間にか、メグルは俺の片手を両手で包む様に持っていた。


「こうしゅると……落ち着いて……にぇむれる……んです……………」


 半開きだったメグルの目は、だんだんと薄くなり、最後には閉じてしまった。


「お母しゃむんぅ……」


 指しゃぶりなんかもしていた。

 よっぽど大切にされてきたというか、過保護だったというか。

 メグルのこんな一面を見て、子供だなと思うと同時に、俺は何だか羨ましかった。




                 ◇◇◇




 早朝の平原には霧が立ち込めている。

 山に囲まれているから分からないが、標高が高いせいもあるのだろう。気温も低く、朝はかなり涼しい。寒いぐらいだ。


「スグルさん、おはようございます……」


 目を擦りながら、メグルがテントから出てきた。

 昨晩、指しゃぶりなんかしていたことを話したらまた面白い反応でもするのだろうが、理湯が理由だけにあまりそのことでからかうのはよくない。

 俺は、何もなかったようにメグルと接することにした。


「スグルさん、昨日は落ち込んでばかりですみませんでした! 今日からは元気なメグルに戻ります。よろしくお願いしますね!」


 そうか、気持ちの整理は粗方ついたようだな。


「ああ、よろしく!」


 まだ、ここから村は見えないことも無い。

 しかしメグルは振り返らずに、これから進むべき山を見据えている。


「道のりは険しそうだな……」

「そうですか?」

「だって、あんなに高いじゃないか。《バトルアクセ》の力を借りても登れるかどうか……」

「何言ってるんですか。登らないですよ~」

「登らない?」

「そうです」


 メグルが指さす方向には、山にぽっかりと穴が開いていた。


「あそこを通るんです」

「なんだ、下の道だったのか」


 山を越えるというから、俺はてっきり登って行くものかと……。


「あの洞窟は、その昔私たちの祖先がこの地に来た時に掘った物だとされてるんです。昔は今よりも魔物が多かったそうですから、囲まれて安全だったここに移り住んだんです。その時に、ピスカ遺跡も作ったんですよ!」

「また、何か読んでないか?」

「よ、読んでません! お母さんから聞いた昔話です!」

「ははは、冗談だって。それにしても、魔物はそんな昔からいたのか」

「人間も昔からいるじゃないですか」

「それもそうだな」


 どちらも昔から存在していて、今に至るまで争い続けている。

 炎蛇の様な言葉のかわせる魔物もいるのならば、魔物と人、どうにか共存していくすべはなかったのだろうか。


「行きましょうか」


 テントなどを仕舞い、準備を終えるとメグルが言った。


「そうだな……」


 冷たい霧がまだ晴れぬ間に、俺達はその洞窟へと足を踏み入れた。

 洞窟はかなり大きくつくられているからか、入ったばかりではまだ明るさも失われはしなかった。

 ひんやりとした空気。

 コツコツと響く歩く音。

 この世界へ来たばかり、メグルを抱えて遺跡を歩いたことを思い出すな。


「わっ!」


 突然、顔の前を覆った黒い物体は蝙蝠だった。


「びっくりしたな……。メグル、この辺には魔物はいるの?」

「分からないです。私も初めて来るので……」

「あ、そうか」


 そうだった。

 これまではメグルの助けを受けて何とかやって来れたけど、これからはメグルでさえ始めて見る世界が連続されるんだ。

 何があり、何が起きるのか全く予測できない。対処法を知っている人さえいない。

 そんな中、俺はメグルを守らなければいけないんだ。

 少しも気は抜けないな。

 山が高いということは、それだけ幅が広い可能性も大いにあるということだ。

 もちろん、溶岩の質によってはその限りではないが、こうして実際に歩いてみるとやはり分かりやすい。

 なかなか、外へたどり着かないのだ。

 もう、かれこれ一時間は歩いただろうか。

 洞窟内はとっくに真っ暗になってしまい、灯りの為に火をつけたはいいものの、ランプを持つ手も腱鞘炎になりそうだ。


「メ、メグル。そろそろ休まないか?」

「えー、もうですか? スグルさん体力ないです」

「本来はアクセなんかなきゃ、もやしっ子だからな……」

「もやしばっかり食べてたんですか? それじゃあ、体力もなくなりますよぉ」

「確かにそうだけど、そういう意味じゃない……」

「仕方ないですね。じゃあ、ここで休みましょうか」


 なんだかんだ付き合ってくれるメグル。

 やっぱり優しいな。

 持っていたランプを置き、俺とメグルは岩に寄り掛かり座った。


「あー、疲れたー」

「私はまだまだいけそうです!」


 まあそうだろうな。

 以前、山の向こうの街に行くには、一か月は普通にかかるって言ってたもんな。

 そんな人たちとは根本的に体力が違う。

 て、待てよ。

 一か月……?

 まさか、この洞窟の中を一カ月も歩くなんてことはないよな?


「それはさすがに……」

「スグルさん、どうかしました?」

「い、いや、あとどれくらいで抜けるのかなって気になってさ」

「そうですねー。どれくらいでしょうねー」


 考えるようにしながら、メグルは頭上から降ってくる水滴を眺めていた。

 そうだった、メグルも知らないんだったな。


「はあ……」


 気が遠くなるが、これも仕方がない。

 俺の世界では何でも早く済ませようとしていただけなんだ。

 そんなせっかちな世界、ちっとも羨ましくなんかないぞ。

 電車やバス、車に自転車なんて、ち、ちっとも羨ましくなんかないぞ!

 そういえば、この世界の交通手段は徒歩だけなのだろうか。

 こんなことを言ったら怒られてしまうが、話を聞く限りではメグルの村が田舎過ぎるだけらしいし、外界にはもっと発達した世界が広がっているんじゃなかろうか。

 まあ、どんなに発展していなくとも人力車程度の移動手段はあるだろうし、期待はしていいだろう。


「そろそろ行きませんか?」

「そうだな。なんかじめじめしてて気持ち悪いし」


 置いていたランプを手に取り、再び歩き出した。


「メグル、そういえばどうして俺にはずっと敬語なんだ?」


 歩きながら、ふとそんなことが気になって聞いた。


「だめです?」

「いや、別に構わないけどさ。なんか、俺とあんまり親しくしたくないのかなって思っちゃったり……」

「スグルさんの世界では敬語は親しくない人に使うんですか?」

「まあ、ざっくり言うとそうだね。あんまり親密じゃない場合が殆どかな」

「そうだったんですか。私の村ではその名の通り、尊敬する言葉なんですよ? 前にも言ったように、プレイン村では男女の役割が決められています。女性は家事、男性は食料調達という風にです」

「そういえば、そんなこと言ってたね。男は、昼は仕事で忙しいから夜に池に行くんだよな。それで、昼にはわざと家畜を池に放って見放題――」

「もう! そんなことばっかり覚えてないでください! ……そうです。そんな風に役割が決められています。ただ、もう一つ男女での習慣的なものがあるんですよ」

「へえ、どんな?」

「支え合いです。成人した男性は何かあった場合、命がけで家族を守らないといけない代わりに、女性は男性を尊敬しなければならないんです。とはいっても、男性に対して敬語を使うだけなんで、男性の方が大変です。なにしろ、命がかかってるんですから。でも、そんな男性に敬語を使うことこそが、最高の尊敬する意味を込めた行為なんですよ」

「そんなに素晴らしい意味があったのか」


 だから、メグルも母の前では子供らしい言葉遣いだったのに、父の前では敬語だったのか。


「でも、俺なんか尊敬するに値する男じゃないぞ?」

「そんなことないですっ!」


 洞窟の中に、メグルの叫びが響いた。


「ど、どうしたんだよ。そんな声出して……」

「す、すみません。でも、スグルさんが尊敬できないなんて、そんなことはありません。だって、私のことを命がけで守ってくれたじゃないですか」

「まあ、それはそうだけど。あの時は俺も生き残りたくて必死だったし……」

「それでもスグルさんは守ってくれました。……そ、その……運ぶために抱っこまでしてくれましたし……。運ぶために!」

「わ、分かってるって。運ぶためな」

「だから、私はスグルさんの事を尊敬しています。一生、慕いお付きする覚悟もあるんです!」

「そ、そこまで尊敬してくれるの? 何だか照れるな。でも、一生を添い遂げる相手はもっと自分で選んだ方がいいと思うな」

「どういうことです?」

「そのさ。命を救ってくれたからとかじゃなくて、優しくしてくれるとかもっと色々あるだろ? とにかく、自分にとって一番だと思う人を選ぶのがやっぱり一番なんだよ。誰に何と言われようとね」

「そんな……」

「実を言いうと俺、メグルの親父さんにメグルとの結婚まで勧められちゃってさ。でも、それって違うだろ? そもそも、俺達は出会ったばかりでお互いのこともあんまり知らないんだしさ。そんな慕うとか尊敬するとかの中じゃないと思うんだよ。ま、将来はメグルみたいなこと結婚できたらいいな、とは思うけどさ」

「そう思ってるんでしたら…………!」

「ん? メグル? どうした?」


 どうしてか、メグルはわなわなと震えている。

 ランプを握る手は握りこぶしまでつくっている。


「そう思ってるんでしたら、もっと私のことを知ろうと頑張ってください!

誰が何と言おうとって言いましたね!? でしたら! 私はスグルさんが何と言おうとスグルさんをお慕いします! これからも! ずっと!」


「な、なんだよぉ……。どうしてそんなに怒ってるんだよ……」

「これからもずっと私を守ってくださいってことですぅ! ふんだっ!」


 な、なんだったんだよ。もう……。

 突然、よく分からない理由で怒り出す女の子ってのは本当にいるんだな。

 異世界でそれを知ることになるとは思いもしなかった。



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