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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第二章 炎蛇の生贄
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第十四頁


 炎蛇はまたしても炎となり、的がなくなった矢は勢いを残したまま地面に突き刺さった。


「くそっ! 射られた後でも炎になれるのかよ!」


 そして、炎から蛇の姿に戻った炎蛇のその瞳は、不気味に笑んでいた。

 すぐにでも襲ってくる様子はないが、何故笑っているのだろう。


「スグルさん! 後ろです!」

「え――」


 メグルの声を頼りに振り返ると、いつの間にか炎蛇は俺の背後で口を開けていたのだ。


「なっ!? どうして……!」


 蛇は俺の真下にいるはずじゃ……。

 見ると、間違いなく下には先ほど俺が射った蛇の頭がある。

 なら、これは双頭のうちのもう一つの頭か……!

 けど、この頭はどこから。


 現れたもう一つの頭から胴へと辿って見て行くと、その先は俺の下にいた蛇の頭と胴を共有しているではないか。


 まさか、こっちの頭は頭だけど尾の方だったり?


「そんなのありかよ!」


 鋭い牙つきの洞窟はもう目前に迫ってきている。

 矢を放っている暇などないだろう。

 だが、まだ打つ手がなくなったわけじゃない。


 俺は、弓を真ん中から二つに折り曲げた。

 やけになって破壊したわけじゃない。

 始めにこの弓を出した時、以前のものとは形状が違っていた理由。それは、この弓が変形弓だからだ。


 剣にも成れる弓ならば、武器を交換している手間も省け、近接も遠距離もこなせる。

 剣にしてはリーチが短くなってしまったりと、裏を返せば器用貧乏な武器だが、器用貧乏な俺にとっては相性のいい武器なのかもしれない。


 弓を剣へと変形させた俺は、俺を飲み込もうとする下顎を目掛けて斬りかかった。

 そこまでは予測していなかったのか、炎蛇は炎と化せずに血を散らした。


 なんとか食われずに地を踏むことが出来た俺は、すかさず胴にも斬撃を加える。

 だが、表皮には刃が通らなかった。

 特別硬いわけでもないのだが、弾力性のある鱗に弾き返されてしまうのだ。

 やはり、ダメージを与えるには口内などの比較的弱い粘膜を狙う必要性があるな。

 ただ、それで倒せるわけがない。

 あの巨体を完全に鎮めるには、ストーンを破壊しないと駄目なようだ。


「異世界から来た分際で、幻魔である我にこのような傷を負わすとは……!」


 どうやらご立腹らしい。

 だが、傷の一つもつけられないとたかをくくっていたのはどっちの方だって言うね。

 俺は何も悪くないぞ。

 それに、俺の目標は傷をつける事じゃない。

 あくまでも、倒す事なんだ。


「矢で射っても無駄なら、剣で叩き斬るまでだ!」


 俺は、ストーンのある頭の方へと走った。

 炎になる隙を与えなければいい。

 だったら、危険を冒してでも近づいて攻撃するしかない。


「甘いわ!」


 振りかぶった剣を頭に振り下ろす瞬間、炎蛇はまたしても炎へと姿を変えてしまった。そのせいで、俺は意図せず炎に飛び込む。


「あち、あちぃ!」


 しっかりと熱を持っていた。

 だが、不思議なことに燃やす力は無いらしい。熱さを感じただけだ。

 そして、炎の中に俺がいる限りはその場で蛇の形を形成できないらしい。


 意思を持ったように炎は俺から離れていくと、別の場所で蛇になりつつあった。

 攻撃を予測されれば、ああして炎となって逃げられてしまう。

 だが、こうして正面から向かって戦っている以上、不意を突くことなど容易い事ではない。


 一体、どうしたら……。


 そういえば、先ほどまで隅で休んでいたメグルの姿が無い。

 それに気が付いたと同時に、メグルの呼ぶ声がした。


「スグルさん!」

「メグル!? どうしてそんなところに……」


 いつの間にか、メグルはここへ来る時に登って来た山の上に居た。


「いいこと思いつきました!」

「いいこと?」

「はやくこっちに来てください!」


 そう言うと、メグルは向こう側へと下りていってしまった。


「はやくって言われたって……」


 振り返ると、そこでは二つの蛇が俺を睨んでいた。


「見捨てられたようだな」


 否定するまでもなく、そうではないということは分かる。

 だが、酷いとは思った。

 それにしても、嫌な目つきだ。

 鳥肌が立つような視線をしている。

 ……この目、どこかで。


「久しぶりに楽しませてもらったぞ。人間如きにこれほどまで手間取らされるとは思わなんだ」

「俺はちっとも楽しくなんかないぞ」

「世辞というものを知らんのか」

「というと?」

「我も楽しくなんぞなかったわ!」

「わっ!」


 餌相手に世辞なんか言う必要ないだろ!

 ともかく、メグルの思いついたいいことというのを知るためには、ここから抜け出さなくては……。

 しかし、怒り狂う炎蛇の攻撃を掻い潜りながら山を登るなんて出来そうにない。


 なら――。


 俺は、剣を弓に戻し、頭を目掛けて一発撃った。


「……聞かぬと言うておるに。往生際の悪い奴め――」


 例によって蛇が炎になる。だがそれでいい。

 次に元の姿に戻った時の一瞬がチャンスなのだ。


 俺は一気に駆け寄り、炎となった蛇の上に舞い上がる。

 ちょうど着地する頃には、蛇の頭が出来上がり、俺はそれを踏み台にして山の高い所へと降り立った。


 攻撃されると思ったのか、炎蛇は俺が蹴った直後、もう一度炎へと姿を変えていた。

 実際に攻撃しようとも思ったが、この短時間で炎に成れると分かった今、攻撃しなくて正解だったということだ。


「我をおちょくっているのか? 腹立たしい!」


 炎蛇は怒りの炎を燃やしていた。

 俺はおちょくったつもりなんてなかったんだがな。


 怒り狂った炎蛇は岩があろうとも構わずに突っ込んでくる。

 咄嗟に俺は、逆側へと滑り下りていく。下りていく途中、岩の露出した山肌で肌を傷つけたりしたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。


 炎蛇が岩を破壊しながら迫って来るのだ。

 岩を砕き、山が穴だらけになっていく。

 命辛々に麓にたどり着いた俺は、すぐにメグルを探した。


「スグルさん! こっちです!」

「メグル! 何処に行くんだよ!」

「いいですから、早く!」


 こんな時までもったいぶらなくていいだろ。


「うわっ!」


 砕かれた岩石が吹き飛んできた。

 後ろからは炎蛇が来ている。


 つべこべ言っている暇はないようだ。俺はすぐにメグルを追った。

 ただ、一つ気がかりがあった。

 この先は村があるはずじゃ……?


 それを問おうとして、背後の炎蛇から前方のメグルに視線を戻した時、俺はやっとメグルの言う〝いいこと〟とやらに気が付いた。


「そうか!」


 俺は、メグルの後を追ってひたすら走った。

 追いつかれたら何も意味が無い。

 とにかく、そのメグルの言う場所まで誘導すれば、勝機は確実にある。


 村長がメグル父に言ってくれたからだろう。

 今日は平原に家畜の放牧をしている人はいなかったから、村に行かない限りは被害を心配する必要はなかった。

 メグルは目的の場所に着くと手を振っていた。


「こっちです!」


 俺もすぐにそこへと追いつく。

 それと同時に、真後ろには炎蛇が近づいて来ていた。


 俺達に追いつくと、もう言葉も何も発せずに魔物らしく牙を剥いてくる。

 しかし、喰らおうと首を伸ばしてきたところを、俺とメグルは左右にかわした。


 直後、激しい水しぶきを立てて炎蛇が池に落ちた。


「な、水だと……!?」


 予期せぬ水の出現にか、炎蛇は驚きを隠せないようだ。

 それほど驚くということは、やはり水に入るのは都合が悪いのだろう。


「メグル! 行くぞ! 弱点は額のストーンだ!」

「はい!」


 メグルは、炎蛇の額目掛けて跳び上がる。


「この程度で勝ったと思うてか……!」


 それを阻止しようと、尾の頭がメグルを目掛けて伸びてきた。

 俺はメグルを援護すべく、尾の頭に向かって矢を放った。

 炎蛇は炎になることはなく、矢はいとも簡単に命中した。

 その時の一瞬の怯みが隙をうみ、その隙の合間にメグルは大振りの刀で一閃。風を切る音と共に炎蛇の額を削ぎ落した。


「があああっ!」


 巨大な肉片が池に沈むと同時に、炎蛇が悲痛な轟を上げて平原の草、池の水を散らした。

 倒れた炎蛇の姿が、青い光となって霧散していく。

 格上と言えども、魔物の死すときはどれも同じということか。


 しかし、それでも魔物の死は美しい。

 まるで生命が具現化したような光は、いつみても目を奪った。

 ただ、消えゆく炎蛇の瞳だけは違った。


「……我、光に最も近し遺跡にて滅する……。いずれ、この辺りの魔物は弱

くなっていくことだろう……。だが、必ずや魔の力は世界を覆い、お前たちを喰らう……。クク……! 見えるぞ……! 魔物を倒す為に得た魔物の力で、蝕まれていくお前たちの姿が……!」

「…………」


 語るだけ語り、炎蛇の全ては淡い光の粒と成り果てた。

 語る言葉の意味が分からなくとも、それを問う間は無かった。


「……魔の力は世界を覆う、か」


 と、その時だった。

 やったという達成感、やり終えたという脱力感を感じる間もなく、メグルが声を上げる。


「スグルさん!」

「どうした!」


 炎蛇はもう光となって消え去ったが、まだ敵がいないとも分からない。

 俺は気を抜くことなく、たった今、炎蛇の消えた池の畔で何かを見つめているメグルの傍に寄った。


「……え」


 それを見た時の俺は、驚きというか、唖然とするしかなかった。

 池に人が浮かんでいたのだ。

 その人とは、村の村長だった――。


「どうして、村長さんがこんなところに……」

「と、とにかく助けましょう!」

「そ、そうだな……」


 俺とメグルは、村長を引き上げるべく池へと入った。


「うっ……」


 村長の顔を見て、思わずメグルが口に手を当てた。

 俺は言葉を失った。

 村長の額が激しく損傷し、原型を留めていない程だったからだ。

 見れば、刃物で削ぎ落とされたような跡。


「これって……」

「そん、な…………」


 メグルの反応を見て、俺はその先を口にするのを止めた。

 村長はすでに事切れているようだったが、このまま浮かべておくのは好ましくない。

 俺は、村長を池の畔に運んで仰向けに寝かせた。

 ちょうどその時、数名の村人たちがやって来た。

 先頭には、メグル父もいる。


「ス、スグルくん!」

「親父さん!」


 駆け寄ってきたメグル父は、非常に安堵した顔をしていた。


「無事でよかった……! また、二人に会えるなんて思ってもいなかったよ……!」


 やっぱり死ぬと思っていたのか。

 まあ、当たり前のことだろうからそれを責めても仕方ないのだけど。


「そんなことより、この池で炎蛇が暴れているのが村から見えたから、こうして腕の立つものたちとやって来たのだが……」

「いえ、心配には及びません。炎蛇は俺達が倒したので」

「な……!? あの炎蛇を娘と二人で!?」

「はい。ですが……」


 池の畔には村長の――恐らく遺体が。そしてその傍らでは、膝をついて震えるメグルの姿があった。


「これは一体……。どういうことか説明してくれないか。スグルくん」

「はい……」


 村長の遺体はメグル父の連れて来た村人たちに任せ、俺はメグルと共にメグル父の後に付いて行った。



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