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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第二章 炎蛇の生贄
13/134

第十一頁

「スグルさん……」


 心配そうな顔をして、メグルが傍に寄って来た。

 たぶん、メグルの事だから俺まで危険な目に遭うことを心配してくれているのだろう。

 だが、俺は行くと決めた。何を言われようともその気持ちは揺るがない。

 どうせ、元の世界から消えた俺は死んだも同然なのだ。

 どこで死のうと同じ事。


「心配すんなよ。俺が一緒に行くからさ。まあ、役に立てるかどうかは分からないけどな~。いざとなったら盾にでもしてくれていいよ」

「そ、そんなこと……!」

「とにかく、明日の朝早くに出発だったよな。今日はこの後どうしようか?」


 太陽は、ちょうど頭上の辺りでさんさんと輝いていた。

 今日も、空は七色に輝いている。

 すると、メグルがふと思い出したように言う。


「……私、スグルさんの世界のこと聞きたいです。スグルさん、私たちの住む世界とは別の世界から来たんですもんね」

「あー、俺の世界の話かあ……。そんなに面白くないと思うけどなあ」

「面白くなくてもいいんです。私、スグルさんのことがもっと知りたいですから」

「え? そ、そう?」


 俺のことをもっと知りたい?

 そんな言い方されてしまったら、何か勘違いしてしまうじゃないか。

 つい嬉しくなって、俺は話す気満々になってしまった。


「じゃあ、歩きながらでも話そっか」

「はい……」


 俺とメグルは、話しながら平原へと向かった。

 平原では、メグル父ではないが家畜を世話する村人の姿が見られた。


「スグルさんの世界ってどんなところだったんですか?」

「どんなところか。そうだな、場所によるけどここまで草木に恵まれてないな。恵まれてないって言っても、元々あったのを俺ら人間が壊してきたんだけどな」

「草や木をいじめてるんです……?」

「いや、そういうわけじゃないさ。俺達人間が良い生活を送るために、結果としてそうなっちゃっただけだ。捉え方は人次第だな。でも、結局は草木や動物を保護している人でさえ、便利な生活からは抜け出せないんだろうけど」

「ふうん……。よく分からないです」

「そうだろ? ここと向こうは結構違うんだ。だから想像できなくてつまらないだろうなって思ったんだよ。だって、空まで伸びる銀色の建物がたくさん並んでいて、その下をこの村の何百、何千、何万もの人が歩いてるんだ。似てるけど、全然違う世界だよ」

「そんな高いお家があるんですか? 何だか凄いです!」

「向こうでは普通だけどね。ただ、家ではないかな」

「でも、そんなに高いならお空には触れるんですよね!?」

「いや、高いって言ってもそこまでは……。ほら、あそこの山の方が高いわけだし」


 俺は、遠くに見える小高い山を例に指さした。

 すると、メグルの楽しげだった表情が曇ってしまった。


「メグル……?」


 何だか、あまり山の方を見ないようにしているようだ。

 となると、あの山が村長の言っていた……。


「……あそこに魔物が住んでるんだね」

「はい……」

「俺さ、この世界に来るまではあんなに恐ろしい魔物になんてあったことも無かったし、襲われたことも無かったんだ」

「それは、スグルさんの世界よりも私たちの世界が平和じゃないってことですか……」

「いや、違うんだ。それに、俺の住んでた世界でも怖い事や悲しい事はたくさんある。人間同士が戦争をして殺しあったりもしてる。それこそ、親指一つで、しかもたった数秒でこの村を灰と土にさせることだって出来てしまうんだ。あの丘だって、数分もかからないうちに消せると思う」

「なんだか、怖いです……」

「そうだろ。でも、こっちの世界はそうじゃない。確かに、俺の世界には魔物はいないけど、そんな恐ろしい兵器なんかはないんだ。……た、たぶんだけどな……」

「スグルさん、最後のかっこ悪いです……」

「い、いや、俺もこの世界の事あんまりわかんないからさ」

「えへへ、そうでしたね。……でも、何だか私、少しだけ元気が出ました」

「そうか?」

「そうです。……あ、そうだ」


 メグルはおもむろに俺の腕を取った。


「これは夜まで預かっておきますね」


 そう言うと、つけていた《バトルアクセ》を外してしまった。


「え、でも明日はそれが無いと……」


 俺、道中で死んでしまうなんてこともあるかも?

 それはまずい!


「あの、まだ貸してもらうわけには……」

「もう貸しませんよー。これ、私の予備ですから」

「そ、そんな……」


 どうして、そんないきなり……。


「スグルさんには、スグルさんのアクセが必要ですからね」

「へ?」

「まあまあ、夜まで待っててください。ふふっ」


 何だかよく分からなかったが、結局借りていた《バトルアクセ》は取り上げられてしまったのだった。




               ◇◇◇




 その夜、メグル家はお通夜の様だった。

 メグル父は昼間と同じく落ち込んだままだったし、メグル母は食事の調理中も泣いてしまったりと、はっきりといって居心地が悪かった。

 雰囲気もそうだったし、何よりもメグルの死が決定されたようなのが嫌だった。

 だが、メグル自身はそこまで暗い顔を見せてはいなかった。

 両親が暗いからこそなのだろう。

 自分が明るく振る舞わなければならないという気持ちがひしと伝わってきた。

 それに、メグルだって初めから死ににいくつもりはないはずだ。

 どんなに足掻いてでも、生き残りたいと思っているはず。

 俺も同じ気持ちだ。


 そんな美味しくもない食後、メグルは俺を外に呼び出した。

 すぐに家の外へと出ると、そこではメグルが火を焚いて何かの準備をしている。


「お手製の《バトルアクセ》を作りまーす」

「《バトルアクセ》を作る?」


 焚火の傍にしゃがんでいるメグルの足元には、《バトルアクセ》についている石と、メグルの使っているリストバンドと同じ物が置かれている。

 いや、今更だが、これはリストバンドではなく腕輪と言った方がいいだろう。何しろ、素材も金属なわけだし。


「まずは、何も知らないスグルさんのお勉強タイムです」

「勉強?」

「そです。《バトルアクセ》について知らないと、《バトルアクセ》は作っても無意味ですから」



 メグルは得意げに説明し始めた。


「まずですね、アクセについているこの石です。名称はルーンストーンと言いまーす」


 メグルは、石を摘まんで見せた。

 しかし、持ちあげられると焚火から遠ざかるため、暗くなって見辛い。

 まあ、そんなことはともかく、この石の存在は俺も気になっていた所だ。


「確か、その石にルーンって奴を刻むと力が発揮されるんだっけ?」

「ちょっと違いますね。ルーンストーンには元々魔力があって、これを体に密着させておくと、装備者が魔力を使えるようになるんです。ただ、前も言ったように元は魔物の体内にあった物です。なので人間には適していません」

「そ、そんな適してないもの使って大丈夫なのか?」

「だからルーンを刻むんですよぉ。ルーンは私たち人間の祖先が生み出した魔術言語? なんです。だから……えっと、そう! ルーンを刻むことによって、ルーンストーンに秘められた魔力を人間に適した物に変えてくれるんです! 魔術語だから、これを使って魔術とかいうものを使う人たちもいるらしいです! むふん!」


 メグルは、何かをちらちらと見ながら解説している。

 今の説明だって、前にルーンについて聞いた時はここまで丁寧じゃなかった気がするし……。


「なあ、メグル。さっきから何見てるんだ?」

「はい? ……あ、いえ、これはにゃんでもないです。スグルしゃんは気にしにゃいでください」


 平静を装ってはいるが、動揺したりした時の口調は誤魔化せていない。


「そうか? ……あ、そうだ。このルーンストーンってさ」

「はい、なんですか――」

「隙あり!」

「んにゃあ!?」


 俺は、素早くメグルが背に隠し持っていた物を取り上げる。


「本?」


 見ると、それは古い歴史書のようなぼろぼろの本だった。


「ああっ! 駄目ですよぉ! ページが無いから指で挟んでたのに!」

「ご、ごめん……。でも、なんでわざわざ隠しながら説明するんだよ」

「だ、だって、私この村では一番年下なんです。いっつも子供扱いばかりですっ。だから、たまには私も人に教えたりしてお姉さんぶりたかったんですぅ!」


 なんとも正直な。

 そしてその行動こそが子供っぽい。


「そんなにむきにならなくても……」

「……とりあえず、ルーンストーンに刻むルーンは使用者本人が思いを込めて刻まなければならないんですよぉー。早く、スグルさん専用の作りましょう……」


 メグルは先ほど見ていたページを探しているのか、まだ本をぱらぱらと捲っていた。

 だが結局は見つからなかったようで、メグルの《バトルアクセ》講座は終わってしまった。


 次は、ようやく《バトルアクセ》を作ることになった。

 どうやら、ルーンストーンとやらにルーンを刻めばいいらしいのだが……。


「いいですかー。ルーンはそれぞれに意味がありますが、込める思いや使う人の技量・素質によって発揮される効果は様々でーす。要は思いなのでーす。やたらめったらで適当な思いを込めちゃいけませーん」


 せっかくのメグルお姉さん講座を台無しにしてしまったからか、さっきからこの調子だ。適当な思いになってるのはどっちだよ。


「あ、あのさ。俺、ルーンとか知らないんだけど……」

「そうでしたね。でも、私たちも全てのルーンを使ってるわけじゃないです。主に使ってるのはこれですね」


 メグルは、焚火にくべる予備の枝で、ひし形を二つくっ付けて縦に並べ、その下のひし形だけ半分にしたような絵を描いた。


「オシラです。伝統とかのしきたりっていう意味があるらしいですよ」

「へえ」


 伝統やしきたり、か。

 この村だからこそ伝えられてきた文字なのかもな。


「じゃあ、俺もこれでいいかな」

「だ、駄目ですよ。そんないい加減は」

「でも、ルーンの文字よりも込める思いが大切なんだろ?」

「それはそうですけど……」

「じゃあこれにするよ。この村で大事されてきたルーンだろ? なんか演技良さそうだし」

「そ、そうですか? スグルさんがいいんでしたらそれでもいいですけど……」

「よし、決まりだ」


 さっそく俺は、メグルに習った通り、借りた工具でオシラとやらをルーンストーンに掘り始めた。

 込める思いか……。

 何にしよう。

 掘りながら、俺はメグルに聞いてみた。


「なあ、メグルは石に掘る時どんな思いを込めたんだ?」

「わ、私ですか……?」

「あ、もしかして人に言ったらいけないやつ?」

「いえ、そんなことは無いですけど……。教えるのは恥ずかしいです……」

「そんな恥ずかしいようなことを思い浮かべながら掘ったの……?」

「何かいやらしい方向に持っていかないでください! ……私は、世界から魔物がいなくなって平和な世界になるのを望んで掘りました」

「全然恥ずかしくないじゃん」


 それも、大そうな願いだ。

 個人のためじゃない思いを込めているなんて、さすがはメグル。


「それじゃあ、俺もこの世界の平和を願っておこうかな~」

「またそんなこと……」

「いや、でも割と本気かも知れないぞ?」

「スグルさん、この世界の人間じゃないですよね」

「でも、俺は今この世界に住んでるぞ」

「それもそうですね」


 そんなこと言っている間に、何とか形を掘り上げることが出来た。

 掘っている間に感じたのだが、ルーンストーンを摘まんでいた手が、文字が完成するにつれて何かエネルギーの様な物を感じていた気がする。

 体と接していると力を得られるというのはこういうことなのだろう。

 すると、出来上がったルーンストーンを、メグルが金属の腕輪に空いた穴に填めてくれた。


「後はこれを装備すれば、いつでも力を貸してくれるようになりますよ~。アクセの出来上がりです!」


 俺の腕には、焚火の明かりで赤く輝いた腕輪が備わっていた。

 ただ、造っている間に俺は気になったことがあった。


「メグル、予備のアクセ持ってたよね? あれはどんな願いっていうか、思いを込めたんだよ」

「い、いえ、あれは予備なので特にそういったことは……」

「それ嘘だろー。何らかの思いを込めないと使えないって言ったのは誰だっけ?」

「でもあれは……」

「分かった。恥ずかしいって言ってたのはその予備のアクセの願いなんだ」

「はうぅ……!」

「図星だな」

「そ、そんにゃことは……!」

「図星だな」


 隠し事なんてしても無駄だぞ、という視線を送り続けていたら、メグルは正直に白状した。


「す、素敵にゃお嫁しゃんになりたいことのにゃにが悪いっていうんですかあ!」

「いや……。悪いだなんて言ってないけど……。でも、そんな思いでもいいんだな」

「そんなとか言わないでください……」

「ああ、ごめん、ごめん。でも、なんか安心したよ」

「どうしてです?」

「だってさ、メグルもちゃんと自分の叶えたい願いがあるんだ。それで、ちゃんと願ってたからだよ。人の事を思うのは偉いし大切だけど、自分のやりたいことや自分を殺してまで人の幸せばかり考えてる人間なんて気持ち悪いだろ? 確かに、その行動は素晴らしいけどさ、結局は自分のやりたいことをやりたい、って人間は思うもんだよ。だから、メグルもちゃんとそう言うところあるんだなって思ってさ」

「スグルさんには、叶えたい願い事とかないんですか?」

「うん、ないよ。ないから、さっきみたいにこの世界の平和を願ってみた」

「でもそれって、今の話と矛盾してます。人のことばかり考えてる人は気持ち悪いって」

「別に、俺は願いが無いだけで、自分の願いを捨ててまで人の幸せを考えてる人じゃないからなぁ。まあ、気持ち悪いっていうところは当たってるかも知れないけど」

「あはは、なんですかそれ~。スグルさんは気持ち悪くないですよ~」

「そ、そうか……?」


 一応、俺だって本気で自分の事を気持ち悪いだなんて思いたくないから冗談のつもりで言ったのだけど、純粋にそれを否定してくれると何だか凄く嬉しい。


「あ、そうだ」


 笑っていたメグルは、思い出したようにあるものを取り出した。


「これは私からのプレゼントです」

「これは?」


 渡されたのは『×』の形が刻まれたもう一つの《バトルアクセ》だった。だが、腕輪式ではなく、指輪だった。

 しかも、ご丁寧に木ではあるが箱に入っている。

 ただ、刻まれているのがペケマークだから悪い意味の様な気がするが……。


「それは御守りに持っていてください」

「ありがとう」


 女の子からの贈り物なんて生まれた初めてかも知れない。

 素直に嬉しい。

 もしかすると、幼い頃に両親からクリスマスプレゼントをもらった以来の幸せを感じているかもしれない。もっとも、その幼い頃をすっかりと忘れてしまっているから、今が最高だ。


「でも、《バトルアクセ》は複数身に着けると体力の消耗が激しいので、ちょっと残念なのですけど、それは普段は箱にしまったままにしておいてくださいね。それに、それは一応、私が掘ったルーンなのでスグルさんには適さないですから。だから、御守りです」

「そっか、着けられないのは残念だな。けど、凄く嬉しいよ! ありがとう!」


 しかし一体、このペケマークはどんな意味なのだろう。ルーンなのかも怪しい気がする。

 御守りとして作ってくれたのだから、そんな悪いものでもないのだろうけど。

 疑うのは良くないが、一応な。


「この文字の意味は何なのかな?」


 俺は聞いてみた。


「内緒です~」

「え、何でだよ。教えてくれないの?」

「はい、駄目です」

「どうして」

「どうしてもです~」

「え~、気になるだろー」

「今度はほんとに駄目なんですー」


 結局、その後どんなに聞いても、メグルはペケマークのルーンの意味を教えてはくれなかった。

 ただ、どうしてか、メグルの頬はほんのり赤らんでいた気がする。



今回、メグルがプレゼントしたルーンは物語の中でいつか説明しますが、かなり後の方です。

気になる方は、ぜひご自分で調べてみてください。

メグルの込めた思いが分かるかもしれません。


ちなみに、オシラのルーンは文字化けか何かで表示できませんでした!

□←こんなんなります。※本当はこんな形ではないです

なので、非常に分かりにくい形の説明ですがご了承いただければと……

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