第九頁
「どうして!」
そんな叫びで、俺は起こされた。
昨晩は食べすぎたかな。
気が付かないうちに眠ってしまっていたみたいだ。
それにしても、喧嘩の様な声が聞こえたが、何かあったのだろうか。
辺りを見回すと、そこはメグルの家の中だった。
明るい時にメグル家の中へちゃんと入ったのは、これが初めてなのではないだろうか。
見たところ、調理場の様な場所にはガスなんてない。
硝子が手に入らないからか、窓も設置されていないようだ。そのせいか、少し蒸れているように感じる。
あとは足の低い木のテーブルが置かれたリビングの様な所だ。
そのリビングの片隅で、俺は床に敷いた布団の上に寝かされていた。
「――だって、昨日あんなにお祝いまでしてくれたのに……!」
まただ、声から察するに怒っているのはメグルのようだけど……。
布団から起き上がってみると、すぐ傍ではメグルとメグル母が何やら言い合っていた。
「でも、仕方がないでしょう……? あの男の子を連れて来ちゃったんだもの……」
あの男の子。
俺のことだろう。
話し合っている場所もそう離れてはいないし、俺のことで揉めているのだったら傍観しているわけにもいかない。
俺は、立ち上がって二人の会話に割り込んだ。
「おはようございます」
「あ、スグルさん……」
メグルは浮かない顔をしている。
「どうしたの? 何か怒ってるみたいだったし……」
すると、難しそうな顔をしながらメグル母が答えてくれる。
「いえね、メグルがまた儀式をしなくちゃならないかも知れないのよ……」
「それって、俺のせい……ですよね?」
「そ、そんなことないのよ? スグルくんは何も悪くないんだから。ただね……」
優しいな。
俺の事を気遣ってくれているのだろう。
しかし、そんな対応をされると却って心が痛む。
俺がまいた種ならば、俺がどうにかするべきなんじゃないだろうか。
「あの、その儀式のやり直しを決めたりするのって、きっと村長さんですよね?」
「そ、そうよ? それがどうかしたのかしら?」
「だったら、俺が村長さんに相談に行ってきます」
「スグルさん! 駄目ですよそんなこと!」
メグルは、酷い慌て様だった。
「どうしてだよ。メグルだって嫌だろ? せっかく終えた儀式をやり直さなきゃいけないなんてさ」
「そ、それはそうですけど……。でも私、約束を破ってスグルさんに手伝ってもらっちゃいましたから……」
「それは違うよ。メグルは俺を助けてくれたんだ。村長さんはそれを知らないからメグルに正当な評価を出来ないんだ。自分はメグルの頑張りを何も見ちゃいないくせに、俺が付いて帰ってきたからってやり直しをさせたがるんだ」
そうだ。
いつもそうだった。
人の努力を正当に評価した奴なんて見たことが無い。
評価する立場にある人間の殆どは、その結果だけを見て評価を下す。
そんなの俺は許さない。
俺はしっかりとこの目で見てきたのだから。
メグルの強さ。心の葛藤。頑張りの全てを。
「ほら、行こう。メグル」
「ちょ、ちょっと……。スグルさん!?」
俺は、メグルの手を引いて外に出た。
外に出て気が付く。
「……村長さんの家ってどこかな」
「……へ?」
メグルは呆気にとられた顔をしていた。
そして、くすりと笑って仕舞いには噴き出した。
「な、なんだよ。そんなに笑うことないだろ」
「だ、だって、スグルさん……んふふ……! あんなにかっこよく出てったのに「どこかな」って……。あははは!」
「仕方ないだろー。初めて来たんだから……」
「ふふ。そうですね。でも、私の為にあそこまで言ってくれるなんて思わなかったです」
「ご、ごめん。言い過ぎたかな……。村長さんに失礼だったかも……?」
「いいんです。私、嬉しかったので。……その、お願いしますね」
「じゃあ……」
メグルは頷いた。
これで決まりだ。
メグルはあんな辛い儀式をもう一度一人でこなすほど強くは無いんだ。
もちろん、刀を使って獣を斬り倒す技術は高いかもしれない。
でも、心はまだ幼い女の子。
同じ村人なのに、たかが成人の儀式で少女に辛い思いを何度もさせるなんて、あの歳食ったおっさんは何考えてるんだか。
俺は、メグルに案内されて村長の家までやって来た。
やはり、村長の家というだけあって、昨日の集会所とまではいかないがそれなりの他の家屋よりは大きく造られていた。
扉をノックし、挨拶をしてみる。
「すいません! 村長さんはいらっしゃいますか!」
扉はすぐに開かれた。
「なんですかな? こんな朝早くから……」
「失礼なのは分かってます。でも、村長さんにお話があるんです」
村長は俺を一瞥すると、次に後ろのメグルに視線をやった。
「入りなさい」
俺とメグルは顔を見合わせて互いに頷いた。
村長宅は広いといえど、中はメグルの家と何ら変わりのない造りだった。
俺はメグルと隣り合って、村長とは向かい合う様にして座った。
「あの、話というのはですね……」
さっそく本題に入ることにした。
村長なんかの機嫌を取る話題など、俺には思いつかないからだ。
「今回のメグルの儀式を認めてやってくれませんか!」
「認めるというのは?」
「俺は確かに、メグルが大事な儀式の最中にもかかわらず手を出してしまったかもしれません。でも、メグルは俺を助けてくれたんです。そのせいでメグルは危険な目に遭ったりしたんです。だから、メグルはただ遺跡に行って帰ってくるだけ以上の事をしたと、俺は思います。儀式をもう一度やる必要なんてありません」
「言いたいことはそれだけかな?」
村長は、いやに冷静だった。
俺の目をじっと見据え、まるで考えを読み取ろうとしているかのようだ。
その視線を逸らした時には、今度は真逆の表情を見せるのだった。
少し微笑みながら村長は言う。
「まあ、そんなに焦りなさるな。まだ対話するには人数が足りん」
「?」
何を言っているのだろう。
俺には村長の言っていること意味が分からなかった。
単なる、話を逸らすための小細工だろうか。
メグルにもアイコンタクトで意味を聞いてみるが、やはり首を傾げていた。
まあ、人数が足りないということは、まだ誰か来るということだろう。
しかし、一体、誰なのだろうか。
村長はゆっくりと話しはじめた。
「そうじゃな。ただ待っているというのも退屈じゃ。お前さん、確か記憶喪失じゃったと聞いたが?」
「ええと……。はい……」
本当ではない為に、なんだか後ろめたかった。
だが、村長はそんな俺の心を見透かしているようだった。
「それは本当ですかな?」
「え……。それはどういう……」
まさか、別の世界から来たなんて思っているはずもないだろうし、この初老の人物には何が見えているというのだ。
何も応えられずにいると、村長は続けて質問してきた。
しかし、今度はメグルに対してだった。
「よいか? 嘘はいかんぞ」
「は、はい」
メグルは緊張しているのか、正座したまま体が硬直している。
「この者とはどこで出会ったのじゃ。正直に申せ」
「ピ、ピスカ遺跡です」
「やはりのう……」
一体、その情報で何を納得したというのだろうか。
「あの、それと俺の記憶喪失が何か関係でも……」
「いやいや、お前さんはもう隠さずともよい。初めから記憶喪失などではないのじゃろう?」
「え? どうしてそれを……」
「スグルさん、それは本当なんですか!?」
なぜ、村長がそれを知っているのか。
分からないが、どうやらすべて見透かされている様な気がした。
もう、正直に答えるしかない。
俺は、すんなりと頷いた。




