僕が悪役に憧れる理由
「ふはは!跪け人間ども!」
ダンボールで作られた仮面に、風呂敷のマント姿のその人は現れた。同い年ぐらいだろうか、Tシャツに短パンで、仮面とマント以外はごく普通の少年に見えた。
いつも通り、殴られたり、蹴られたりするなか響いたその声に、いじめっ子達も、いじめられっ子の僕もぽかんと呆然とした。
「なんだよ、お前!?」
「誰がしゃべっていいと言った!」
いじめっ子をバッサリと理不尽に斬る。
「俺が許可するまで、喋るな息をするな心臓を動かすな!分かったかクズ共!」
「なっ……」
もちろんいじめっ子たちはブチ切れる。
「てめぇ生意気なんだよ!!」
ここらへんを仕切っているガキ大将の大ちゃんを筆頭に、一斉に飛びかかる。
「……ふっ」
彼は臆することなく、無駄にポーズを決めてから華麗にいじめっ子たちの攻撃をかわす。
そして、綺麗に順番に正確に、いじめっ子達の股間に膝蹴りを打ち込んでいった。
体が大きく、力の強い大ちゃんさえも、声にならない痛みに悶えて倒れ込んだ。
「……!」
僕はその光景に感動していた。ずっと待っていた。
毎日のようにいじめられてて地獄の日々だった。小学生のいじめなので大したことに思われないだろうけど。ようやく、光が差し込んだ気がした。
「あ、あのありがとうございま……ぎゅぽっ!?」
股間に蹴りを入れられた。
途方もない痛み。確信した。潰れた。
「俺は悪の魔王様だ!勘違いすんな、正義のヒーローじゃねぇんだよ!ばーか!助けてくれると思ったら大間違いだ!」
「……悪……?」
「そうだ!俺はすっげぇ強いから、こいつらみたいな悪なんて雑魚すぎて笑えるし相手になんねぇ。」
大ちゃんの大きな背中をげしっと踏みつけた。
「お前もさ、誰かに助けられるのを待ってんじゃなくて、無理だと思うけど魔王を倒せるぐらい強くなってみろよ!」
そう言って仮面の下で笑った。そして、振り返ることなく、風呂敷をひるがえして去っていった。
「意味……わかんない……」
だけど、なんかすごくカッコ良かった。
「てゆうことがあってさ」
「ふーん、それでパパはおまわりさんになったの?」
アイスをかじりながら、息子は首を傾げる。
「そうだ、悪を倒すために、パパは正義のヒーローになったんだ。」
「かっけぇー」
「何話してるの?ご飯できるわよ」
「あ、ママ」
「なんでもないよ」
「ねぇ、パパ。結局悪の魔王様は倒せたの?」
「残念だけど、まだなんだ」
「えー」
不満そうな息子を見て、僕は肩をすくめた。
「仕方ないよ、ママは強いんだから。」