男の過去 ~罪~
「罪」というのは、本人にとって――「意識」が重要なのです。
なので――「そんなの冤罪だ!」という突っ込みは受け付けません。
事実、この男は「自分が罪を犯した」と語っていますので。
……さて、その罪はなんなのでしょうか?
想い人の苦悩の深さを見抜けなかった無知でしょうか? それとも救えなかった弱さでしょうか?
――……その答えは各自で「想って」ください。
力になろう――そう思っても、ただの少年の心ではどうすればいいのか分からない。
ただ一緒に過ごして、それで少しでも気分が紛れれば……そんな風に想いながら、時間は過ぎ、季節は巡り、事件は起こった。
「ごめんね……」
悲しそうで辛そうな表情で彼女はそう言って別れた。そして次の日、仕事の途中で彼女の様子を見に行ったとき、彼女は泣き腫らした顔で首を吊って死んでいた。
机の上のメモで、自殺だと分かった。
「お母様を殺したのは私です。ごめんなさい。ごめんなさい」
あぁ、間に合わなかった。いや、届かなかったのか。彼女の手を掴んで、引き上げることはできなかった。ずっと、ずっと、助けたかったのに――何もできなかったんだ。
密度の濃い時間を共に過ごし、漠然と浮かんでいた不安が、はっきりとした形となって現実に現れた。津波のように男性を呑み込む無力感と一緒に。
――ならば、せめて彼女の死に様だけは、助けよう。
子供の心でも、普通の人と同じだけの人生を歩いてきた。
だから、この行為がいかに無慈悲で、死者の心を苦しめるとも、なんとなく気が付いていた。
――それでも、浮かんだ思いは止まらなかった。
それからの記憶はぼんやりとしか残っていない。
メモをポケットにしまうと、急いで奥様の部屋に行き、お嬢様の指紋をふき取り自分の指紋をなすりつけた。
乾いていない血も、自分の手に塗りつけた。そして旦那様の部屋に行き、自首をした。
「僕が奥様を殺しました。お嬢様を苦しめていた奥様を殺しました。お嬢様はそのことを知り、僕に罪を犯させたことを悔やんで死んでしまいました」
そして、男性は罪を被った。主人は聡明で、別の真実の存在に気付いたようではあったが、男性の熱意に困惑しながらもその申し出を受け入れた。
こうしてその手を汚した優しいお嬢様は、世間からはただの葬式として身を焼かれ、実際は――男性の骨の白粉をして、男性の血の口紅をして、男性の皮膚の死に装束を纏って、男性の心で焚いた炎で、その身を焼かれてこの世を去った。