男の過去 ~想い人~
そもそもが短編で特に加筆修正もしていないため、物語がトントンと進んでいきますがご了承ください。
加筆修正というわけじゃありませんが、間隔開けたりして文章量をごまかしていこうかと、えっへっへ。
・・・詐称修正?
(だめだな、こいつ・・・)
男性も、少し遅れて残った食器を台所へと持っていき、水道から水を流し出す。
役割分担、というやつだ。昔から、こうだった。
姉は母の料理の手伝い、弟は後片付けの手伝い。
母が居なくなり、家族の形が変わっても、その役割は変わらなかった。
だが、先ほどのようなやり取りが為され始めたのは去年頃からになる。
男性が、刑務所に囚われ、何年もして釈放されてからだ。もっと言うならば、彼が出所した際に「想いでの味」を求めたからだった。
それから、彼と彼の姉の、先ほどのようなやり取りは為され始めた。
想いでの母の味を作れるのは彼女だけで、そして男性にはある秘密があったから何も答えられなくて、それからずっとこんな不毛とも言えるやり取りは毎朝続いている。
じりじりと照りつける太陽の日差しを遮り、家の中には涼しい風が流れ込んでいた。
カーテンがふわりと揺れ、何かの幕が開けたような錯覚を感じ、セミの鳴き声を呼び声にして、男性は食器を洗いながらふと昔のことを思い出していた。
「…………」
未練でしかないと思いながら、いつよりも幸せだった頃を白昼の夢に描いていた。
男性は、ある屋敷で働いていた。掃除や庭の手入れなど、忙しくはあったが充実した毎日。何より屋敷の人間は誰もが優しかった。
主からして優しいから、きっとそういう人間が集まるのだろう――そんなことを考えては、自分は恵まれていると喜んだものだった。
当時、男性は自分が年不相応に幼い性格をしていることは自覚していた。庭掃除中にバッタを見つけてはそっと捕まえ、手のひらから飛ばしたし、掃除をして時間が余ればふかふかのベッドにダイブして、シーツを整え直したりもした。
マナーこそはしっかり守っていたが、常識外れと言えなくもない――そんな青年だった。
「……? ああ、もうないか……ふぅ」
男性はいつの間にか食器を洗い終えていたことに気が付くと、リビングまで歩き、そっとソファに腰を掛けて、揺れるカーテンを眺めながらまどろんだ。
常識を外れた男性は、世間からは疎まれていた。いや、疎まれていたというほどでもないかもしれない。
ただ、受け入れては貰えなかった。どこに行っても、常識から外れていることは望まれなかった。受け入れられなかった。
そのお屋敷でさえも、困惑の色は拭えてなかったのだ。
だが、そんな男性を受け入れる存在が現れた。
ある日、男性が屋敷の庭で芝生の上で寝転がっていたときに、彼女は刈ったばかりの雑草を引き抜いて投げつけては、あわてた男性を見て屈託なく笑った。
常識知らずと蔑むのでもなく、道化としてあざ笑うのでもなく、ただ楽しそうに笑ってくれた。
疎まれ続けた自分を認め、屈託なく笑ってくれる。
それだけでとても嬉しかった。
感謝ではなく、嬉しかったとばかり思っていたのは、やはりそのころの男性は子供だったのだろう。自分のことばかりを考えていたのだ、きっと。
そして、男性は恋をした。相手は屋敷のお嬢様。仲良くなった、主人と従者。
それでも男性は恋をした。少年のような、純真な恋。友達として好きになった、そこに男女が加わったような――そういった純朴な恋。
ただ、心配事があるとすれば、彼女は男性と同じく子供の心を持っていたが、それでも人の醜さというものを知っていたことだった――それも、実の母親で。