海辺のログハウスに住む2人
一応データとしては完結済みです。
去年、ちょっとしたイベントで応募したやつなのですがね。喜んでいただければ幸いです。
なお全部を分割して、週刊っぽく載せていこうかと思っています。
たぶん、全5~6くらいじゃないかな?
――今年もまた夏が来た。
海辺の家で、ベランダから海を眺めていた男性は目を細めてそんなことを考えた。
季節といえば、気温と空気の湿度の変化でしかなかったような生活を何年も過ごしても、男性は今感じている夏の風物詩ともいえる入道雲や、蝉の鳴き声、粘りつくような日差しなどを存外懐かしく感じていた。
去年までは忘れかけの風情に戸惑っていたような気がしたが、自分が思うよりも幼い頃から味わい続けていた記憶は自分の中で腐ることなく息づいているのだと知った。
懐かしく、煩わしい。そんな感想。
ただ、その煩わしさすらも今の男性には愛おしく感じた。
「ごはんできたよー」
「ん……」
ウッドベッキどころか、そのほとんどが木材で構築されているウッドハウスの中から、男性を誘う甘い声が吹き抜ける。
甘い匂いに誘われるカブトムシのように、男性はちょっとした感傷に後ろ髪を引っ張られながらも、湯気の立つリビングテーブルに向かって歩き出した。
男性が椅子に座るのとほとんど同時に、一人の女性がエプロン姿で大皿に入ったサラダを持って到着した。その姿は、姿見こそはまだ似ていないが、姿勢で言うならすでに母親と変わらないと思った。
病気で死んだ母親も、明るい笑顔で家族に料理を運んでくれたものだ。
母親の死因の一端を担ってしまった男性は、ちくりと胸に棘が刺さっているのを自覚しながらその痛みを抑えて、波風をイメージしたエプロンを椅子に掛けていた女性に感謝を述べた。
「ありがとう、姉さん」
「いいのよ。というか、お礼を言うなら食べてからにしなさい。ほら、いただきます」
いただきます、そう呟いて男性はまずスープを口に入れた。よく味わうように少しずつ口に含んで、流し込む。そして半分ほどを胃の中に収めると、次はパンを食べ始め、また半分ほど食べると今度はベーコンエッグとサラダを食べ始めた。
途中でちらちらと窺うように、女性が口をまごつかせながら視線を向けていたことも気にせず、そうして二周に分けてすべての食事をのんびりと食べ終える。
「ごちそうさま」
「はい、おそまつさま……おいしかった?」
女性の心配そうな声を受けて、男性が柔和に微笑む。
「もちろんおいしかったよ」
「……お母さんと、同じ味?」
「…………」
女性の言葉に、男性は口を噤む。とても悲しそうで、辛そうな表情だった。
女性は「そっか……」と呟くと、それ以上何も言わずに食器を流し台へと片付けに行った。
そしてすぐに出てくると、そのままリビングを後にした。