物語のはじまり!
「ん~~~……」
俺は何故か寒い場所で寝ていた。
眠いのに寒くて寝て居られない。でも無理矢理目を閉じて寝ようと試みるが……
「だー!!寒いんですけど!?ちょっと毛布どこいった!?」
そう叫んでガバっと起きて見れば
「…はれ…?ここどこ……?…、てか、雪!?」
見渡す限りの白。おまけに白い何かもちらほら上より降り注いでおり、それらは皆冷たい。そしてここは非常に寒い。
その白いモノは雪だという事は都会育ちの俺だって解る。解る。…だが、
「ちょ…、何…、ここ雪山なの!?さむ!!」
辺り一面雪で覆われており、その周囲には雪に埋もれた草や枝に重そうに雪を乗せている葉のない広葉樹にその奥に見えるのは針葉樹だろうか。
そう。どこにも都会らしきものがないのだ。まさによくテレビとか見た雪山の景色なのだ。
「なんで俺…?あれ?、俺今までどうしてたんだっけ?」
高校の制服のままで寒さで我が身を抱きながら、どうして今の現状に至ったのか考え始める。それはすぐに叶った。そうだ。自分は己の人生に絶望を感じ、電車が行き来する高架橋の上から飛び降りたのだ。
「…あ。そうだ、俺…自殺…したんだっけ……」
今までの経緯を思い出すとすっと血の気が引き冷静になる。
そうだよ俺…、自分の持つ超能力でいつもトラブルを起こして生活を引っ掻き回され、人びとに怖がられ、弾かれて、迫害され…もう、そんな生活が嫌で嫌で嫌で!…それで終わらせようと思って……
って、ちょっと待て?じゃあ、俺死んで……ここは天国!?
「マジかよ… 天国って……寒いんだな!」
ちょっとズレた感想を述べつつ「もうちょっと天国ってあったかい所だと思ってた!てゆかもしかて地獄なのか!?」
ギャーギャーと叫んでいると何やら後ろから気配を感じる。
「な、何?ようやく天使様登場? て…」
振り返って言葉を失う。だって、そこにいたのは天使じゃなく……
「――!?…くくく、熊!?しかも白熊!? なんで!?天使じゃないの!?」
あまりの事に半笑い。だって、しょうがいないじゃないか。死んで天国に来たのに寒い上、迎えに来たが白熊。一体最近の天国はどうなっているんだ。
「グルルルル……」
お迎えに来てくれた白熊は優しく声で
――ブン!
「ギャ!?」
俺をその腕に……
「じゃねーよ!あぶねーよ!!」
天使もとい白熊はやはり見た目どおりの熊らしい行動で俺を襲う。
太い腕を振り下ろし鋭い爪で切り裂こうとするのを俺は紙一重でかわす。それでも咄嗟の事に頬をかすめうっすらと爪の痕に赤い筋がつく。
なんなんだ!なんなんだ!?
俺、死んだのにまた死にそうなんですけど!?
「――君!ちょっと伏せてて!」
そこへ凛と響く新たな声。続けて伏せた俺の頭上を疾風の如く飛んでいく2本の弓矢。
「グオォ!!」
それらは見事に熊の肩や腹に刺さる。
まったくホントになんなんだよ。…今度こそ天使様か?
もう冗談にすらならない。でも冗談でも言ってないとやってられない。
そんな気持ちで矢の飛んで来た方向を見やる。
先ほどの伏せろという声の指示に伏せた為顔にかかる雪を払いつつ。そして俺の目に飛び込んで来た天使様は――、
「君、大丈夫?今のうち逃げよう!」
手を差し伸べる美少女。
水色の長い髪。それを後ろに高く結い上げ、肌はこの雪のように白く、瞳は青ともつかず紫ともつかず。薄く小さな唇はピンクで……まさに天使!!
ああ!この天使様ならどこにでもついていくぜ!!
思わず差し出された手を両手で握りして見惚れてしまう。
「何、ぼけ~としてんのよ!早くっ!」
美少女がそんな俺の手を強く引き走り出す。その声にはっと我に返ると、白熊は矢を受けて苦しみもがきさらに凶暴化している。
なんだか非常にまずい。
俺は一度死んだ身なのかもしれないが、また死ぬのなんて御免だ。
仮にあの白熊が天使のお迎えだとしても、あんな痛そうな爪のある腕に抱かれたくはない。
どうせならこの水色ポニテのおにゃのこ天使の方がいいに決まってる~~!!
そうとなれば行動は早い。
彼女に手を引かれたまま踵を変えすと颯爽と走り出……出さなかった。
「ぶへ!」
俺は見事に雪の中に顔を突っ込んだ。
そうだったよ。俺……こんな雪ん中、走った事なかったよ……。
東京という都会で生まれ育った俺は雪は見た事はあるにせよ、15cmほどもある積雪の上を走るなんて経験は恐らくない。
雪に足を取られ転んでしまうのなんて目に見えていたのだ。
「ちょ!何やってんのよ!」
「バ…!来るな! アンタまでやられ……っ!」
手が離れ、転んだ俺の傍に少女が駆け寄って来る。顔を上げ付いた雪を払ったもののそう簡単に体勢を元に戻せない俺。
そんな攻撃のチャンス、熊だって見逃すわけがない。
――ブン!!
振り上げられた鋭い爪の付いた熊の腕が今にも俺達を引き裂こうとする。
「…きゃ!」
短い悲鳴を上げる少女。固く目を瞑り繰り出される攻撃に耐えんとその身を強張らせているのが分かる。しかし。
いつまでもその攻撃は襲って来ず。
「――!?」
白熊は腕を上げたまま固まっていた。腕がフルフルと振るえ、力を込めているのにどうしてもそれ以上動かないように見受けられる。
そう、あの公園の不良と同じように。
「…熊公…っ てめぇになんかやられてたまっかよ…!」
俺を白熊をギッっと見据えESPの力を緩めない。
死んでもESPって使えるんだ。――なんて心の底でそんな事を思いながら。
「どっか行ってろよ!!」
俺は思い切り力を解放し白熊を吹き飛ばす。高く飛ばされた白熊はそのまま雪の上と言えど地面に叩き付けられるとそのまま動かなくなった。
はぁはぁ、と俺の息が乱れる。別にこれは力を使ったからではない。これくらいの力の使用、なんて事はない。
ただ俺は、白熊という獣に突如襲われ、そして力によって倒した事によって多少なりと興奮していたのだ。
「――君……」
ふと自分にかかる声。あの水色ポニテの天使の少女だ。
その声を聞いて軽い快感にも感じていた興奮状態から一気に熱を引く。天使様も俺の力を奇妙に思うだろうか、俺を非難するだろうか……
いつもの嫌な感情が押し寄せ俺を苛む。しかし向けられた感情はそんなものではなく――。
「君!すごいね! 何今の力! すごいすごいすごーい!!」
飛び跳ねんばかりに喜びを表し、すごいを連発する。
え?え?……こんな反応初めてなんですけど……?
俺がぽかんとして彼女を見て見ると、再び彼女は俺に手を差し伸べる。どうも今度のは握手を求めるものらしい。
そうな感じた俺は自然にその手を握る。
「あたし、シスっていうの。宜しくね! あなたは?」
「俺は…カズマ。 草薙カズマ」
藍紫の瞳に吸い込まれそうになりながら俺は自分の名を告げた。
――これが、俺の本当の物語のはじまり!