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NRR1万

作者: スケキヨ
掲載日:2026/05/10

注:作中の出来事や人物等はフィクションです。聴覚過敏の症状については自他の体験をもとに書いているので、おかしい部分があるかもしれません。なにとぞお許しください。もしくはブラウザバックでお願いします。


追記:メテオはたいへん優良な商品です。Aが怪我したのは本人の使い方がよくなかったせいです。

 同じゼミのAは心因性の聴覚過敏症だ。


 Aはよく「何聴いてるの?」と聞かれる。その度に「あー、これヘッドフォンじゃないんです」と答える。


 Aが着けているのはイヤーマフだ。遮音機ともいう。工事現場や射撃演習場で耳につけるアレのことで、大きな音から鼓膜を守るために身に着ける防音グッズだ。


「あくまで過敏なだけで、鋭敏ではないのが腹立つんだよ。せめて雷の呼吸的に心音でひとの気持ちがわかったりとか、そういうメリットがあればいいのに。むしろ耳栓の使い過ぎで聴力落ちるし、イヤーマフの耳当て部分がめっちゃ蒸れるし」


 Aは耳栓とイヤーマフを併用している。しかもモルデックス社のメテオという、とんでもなく強力な耳栓だ。度重なる耳栓の出し入れで、Aは外耳道の浅い部分に擦過傷やコブが出来てしまい、耳鼻科の先生にしこたま怒られたらしい。


 Aの聴覚過敏は、大学入学前後、唐突に発症したらしい。原因は不明。

 身体的な異常が見つからないから、便宜上「心因性」ということになっている。


「そんなこと言われたって、心当たりもないし、一応出してもらったお薬も効かないし、本当、嫌になっちゃうよ」


 不思議なのは、Aは大きな音が苦手というわけではない事だ。


 キャンパスの一部が改修工事で、毎日ドリルの掘削音や金属がぶつかる音がけっこうな騒音で鳴り響いていたが、Aは特に(こた)えた様子はなかった。


「別にでっかい音は普通にびっくりするし、早く静かにならないかなーとは思うけど、パニックになったり不安で動悸がしたりはしないなぁ」


 Aは「駄目な音」を聞き続けると、強い不安や恐怖心を感じ、心身に強い不快が生じるらしい。

 大学内では食堂が駄目だった。


「話し声とか、箸が茶碗をかすめる音とか、食器がカチャカチャいう音、トレーがテーブルをすべる音、そういうのが聴こえると、体のまんなかがザワザワしてきて、それがだんだん頭にのぼって行って、ぐわんぐわんして、そうなるともうどっかに逃げるか、すぐに耳を塞ぐかしないと駄目なんよ。心臓がドコドコして息が浅くなって冷や汗が出て、わああーって叫び出しそうになんの。


 きっと生活音が駄目なんだと思う。なんでかは知らんけどさ。だから家の方がしんどい。でも実家住まいはやっぱり便利だし、マンションで一人暮らしってなったら、場合によっては上下左右から誰かが何かする音が聞こえると思うとかなり無理だし、ほんともう、このまま一生こうだったら困るなぁ」




◇◇◇

 ある日Aから連絡があった。いわくおもしろいものを見つけたらしい。


「そろそろ側圧(頭を両側から挟む圧力。イヤーマフは耳当て部分をぎゅっと両耳に密着させることで音を遮断するので、Aはイヤーマフは便利だけど長時間つけていると頭が痛くなるとよくぼやいていた)が弱くなってきて、新しいの買おうかなってネットで探してたらさ、こんなのがあって。ほら」


 Aはスマホの画面を見せた。通販サイトのページだ。様々なイヤーマフの画像が載っているが、べつだんおかしなところはない。


「違う違う、ほらここ」


 Aが指さしたのは、カーキ色の、よくあるタイプのイヤーマフだった。白い背景に商品の画像が一枚。商品名も特に変わったところがない。ただ、商品詳細の欄の一文がおかしかった。


『NRR10,000』


 NRRとは、ノイズ・リダクション・レートの略だ。


 発生する音の単位はヘルツ、それを人間が耳で聞いた時の音がデシベルで、デシベル値が高いほど、人間はそれを「大きな音」、「うるさい音」だと感じる。


 たとえば空港の騒音や一般的な防犯ブザーはだいたい90デシベルぐらい、つまり凄くうるさい。120デシベルになるとだいぶ遠くの人にも聞こえるぐらいの騒音だ。


 そういう音をどれだけ遮断できるかを表す数値がNRRで、だいたい90デシベルの音をなるべく聞こえないようにするためにはNRR値が20前後必要になる。


 Aが昔使っていた、一番遮音性の高いイヤーマフがNRR40だった。


「表記ミスかな。いくらなんでも10,000はカンストが過ぎるよ。あれかな、側圧が強すぎて、着けた瞬間、頭がスイカ割りのスイカみたいにバチャーンッてなったりして」


 Aは興味津々で、値段が安かった事もあり、NRR10,000のイヤーマフを買った。


 数日後、Aは配送された商品の段ボール箱を講堂に持ってきて、「ちょっと怖いから開封するの見てて」と言いながらカッターでガムテープ部分を切り、梱包材の中からくだんのイヤーマフを取り出した。画像で見た通り、カーキ色の、ワイヤレスヘッドフォンのような形状、耳当て部分も特に大きすぎず、よくあるタイプのイヤーマフに見える。


「軽いし、バネも普通ぐらい。着けてもスキャナーズにはならないと思うけど、うーん」


 Aは少しためらってから「とりあえず着けてみる」と言ってイヤーマフを頭にかぶり、耳当て部分を調節し、装着した。


「凄い!」


 Aが叫んだ。


「え?凄い!めちゃくちゃ静かなんだけど!遮音ってレベルじゃないよ!」


 Aは興奮した様子で、「なんかデッカイ声で喋ってみて!なんか悪口とか言ってみて!」と、はしゃいだ笑顔で言った。


「聞こえますかー!」


「おおーい!」


「君んち戸建てで羨ましい!」


「広いし!自分の部屋があるし!うらやましい!」


「あと!」


「君の、家族の、ご両親とおばあさんと弟、」


「もういないのに、」


「家の方が音がいっぱいするって、うるさくてしんどいって、よく言うのは、それは、どういうことなのか、ずっと気になっているんだけど、」






「すごいよ!!!なんにも聞こえない!!!今日よく寝れそう!!!」

ACDCRAGのパンダの耳当てかわいいです


読んでくださってありがとうございます m(_ _)m

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