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【最終章】侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!  作者: カナタカエデ
第三章

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三十四話 ひとりの侍女の話

アメリアは、しばらく言葉を探すように視線を落とした。


「……私は……カリナという名の、アメリア王女の侍女だったの」


ヴァルクは何も言わず、ただ静かに頷いた。

急かさないその仕草に、アメリアは小さく息を整える。


「アメリア王女はね、とてもお優しい方だったわ。

あの方自身はそう思ってはいなかったけど、私にとっては、誰よりも守りたい方だった」


いつどこへ行くにも、王女は彼女を連れていってくれた。

そのおかげで、普通の侍女では経験できないようなことを多く見て、学ばせてもらった。


一瞬、懐かしむように微笑む。


「でも、王女が結婚して国を出る直前……

突然、解雇されて……」


それでも、その声に恨みは滲まなかった。


「城を出たあと、親が連れてきた人と結婚したの。

革職人で……不器用だけど、とても真面目な人だった」


ヴァルクの胸元に額を預けたまま、アメリアは続ける。


「小さなお店を二人で切り盛りしながら……三人の子どもにも恵まれたわ。

本当に、可愛い子たちだった」


その言葉だけで、どれほど大切な存在だったのかが伝わる。


「育児と家事と仕事に明け暮れる毎日だったけど……心の隅には、ずっとアメリア王女がいた。

あの方は、今も笑っているかしら……って、いつも考えていたわ」


「だから、王女が亡くなったと聞いたときは、しばらく動けなかった。

それでも、日常が……子どもたちがいたから、少しずつ立ち直っていけたの」


少し間を置いて、声が低くなる。


「……そして、あの日が来た」


燃える音を思い出すように、アメリアは指先を強く握りしめた。


「城が燃えて、街が燃えて……理由なんて、何もわからなかった。

ただ、逃げるしかなかった」


「子どもたちを抱いて、持てるだけの荷物を持って……

人の波に押されながら、夫とどこへ向かうべきか相談して……ノルディアを目指したわ」


「途中で、何度も諦めそうになった。

足は動かなくなるし、子どもたちは泣き止まないし……」


「道は整っていたはずなのに、子を背負って歩き続けるのは、本当に大変だった」


「……それでも、辿り着けた……どうにか。

あの時に見たストーン城は、本当に美しかったわ……」


初めて、アメリアの声がわずかに震えた。


「ノルディアで迎えた最初の冬は、本当に辛くて……寒さで、何度も……

このまま死ぬんじゃないかって、思った」


「でもね」


そう言って、彼女はゆっくりと顔を上げる。


「ノルディアの城から、配給があったの。

食べ物と、防寒具が……街に溢れる避難民たちに」


「それがなかったら、私たちは、生き延びられなかったと思う」


「それから、ノルディアで、夫は採掘場で日銭を稼ぐために働いて、

私は食堂で働きはじめたの」


「ほら、あなたも知ってるでしょう?

昔、夏祭りでピカタを売っていたご夫婦が、少し前に食堂を始めたでしょう?」


「ああ……たしか、君がどうしてもお祝いに行きたいと言うから、食べに行ったな」


「ふふっ……そう。前世では、あの店で働いていたの」


「なるほど……だから、ノルディア地方の香辛料の使い方も、

素晴らしい料理の腕前も持っていた、というわけか」


にやりと笑う彼を見て、アメリアは微笑んで頷いた。


「とにかく、あの頃は必死で生きたわ。

働いて、働いて……いつのまにか、子どもたちは大きくなっていって……」


「日常は、あまりにも当たり前に過ぎていくから、そのときは気づかなかったけど……

死ぬ前に、幸せだったと思えたの」


言い終えると、アメリアはそっと目を伏せた。


「それが――

王女でも、英雄でもなく……ただの、侍女だった……私の人生」


部屋には、静かな沈黙が落ちた。


ヴァルクはしばらく何も言わず、ただアメリアを見つめていた。

やがて、そっと手を伸ばし、彼女の頬を優しく撫でる。


「……前世とはいえ、夫がいたというのは、少し嫉妬するな」


その声音は、驚くほど穏やかだった。


「独身だったのに、どうして君と結婚しなかったんだろうな」


冗談めかした言い方に、アメリアは一瞬きょとんとしたあと――


「……ふふっ」


思わず、吹き出すように笑った。


「無理よ。あなたと会うのは、とても難しいもの」


「ほう?」


「だって、前世のあなたは騎士団長で、国の中枢にいて……

私は、ただの侍女。城を追い出されて、必死に生きていたんだから」


「君を探し出したかった……」


「そんなに器用な人じゃないでしょう?」


からかうように言うと、ヴァルクは小さく息を漏らして笑った。


「……確かにな」


そう言って、彼はゆっくりと距離を詰める。

柔らかな眼差しのまま、逃げ場を塞ぐように。


「なら、王女に感謝しよう。

君を、俺の元に送り込んでくれたことに」


低く囁かれ、アメリアが言葉を返す前に――

唇が、そっと重なった。


深くもなく、求め合うでもない。

ただ、確かめるような、静かな口づけ。


それでも、胸の奥が、じんわりと温かくなる。


唇が離れたあと、ヴァルクは額を寄せた。


「……カリナ……いい名前だな」


アメリアは、目を見開いた。

決して、彼の口から呼ばれることはないと思っていた名を呼ばれたことに。


カリナの人生を思い返す。

彼に出会えなかったけれど、幸せだった人生に……。

そして、もう二度と振り返ることのない、あの日々に感謝した。


いつのまにか体勢は反転し、

ヴァルクがアメリアを覆うように、視界いっぱいに広がる。


――夜は、穏やかに更けていった。


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