二十四話 ひとり
王都までの道のりの殆どをアメリアは一人、馬車の中で過ごすことになった。
暴れん坊のヴィータがおとなしくこの狭い空間に閉じこもることはないだろうと誰もが予期したとおり、彼は出立後数時間でライオネルの馬へと飛び乗った。
さすがに顔をしかめたヴァルクが馬車を降り、ヴィータを乗せてあげることになった。
ひとり馬車に残るアメリアに、ヴァルクは言い添える。
「ひとりの方が広く使えるだろう。ゆっくり休んで」
彼の穏やかな瞳を思い出して、アメリアはなぜか苛立ちを感じていた。
王都へ行くまでのひと月、ヴァルクは寝る間もないほど働き詰めて、この半年で彼の最終判断がなく停滞していた業務を完遂させ、不在にする間の段取りをすべて整えた。
おかげでアメリアは、ふたりきりでゆっくりと過ごすどころか、話す時間すらまともに取ることが出来なかった。
少なくともこの移動の間だけは相談する時間を持てるかもしれないという浅はかな願いは、簡単に消え失せてしまった。
「はあ……」
窓から見えるヴィータの嬉しそうな顔を見ても、この憂鬱が消えることはない。
女王になる。
これは初代国王の企みなのだろうか。少なくとも自分の血縁者であるアメリアが跡を継ぎ、さらにその先、王女の生まれ変わりであるヴィタリスが継ぐのであれば、王室は守られたことになる。
ロキア王国は安泰だ。
だけど、私は……自分が女王の器でないことを理解している。
そして、ヴィータにとっても、それが良いことなのか決めかねていた。
ヴァルクは、アメリアが女王にならなければ、自分がなることになると言った。
つまり、彼はヴィータが王位を継ぐ未来に賛成しているということなのだろうか。
こうやって頭の中でぐるぐると考えを巡らしても、その中心であるヴァルクとヴィータは楽しそうにしている。
それがまた心を燻らせる。
残り数日で王都に着くという日、一行は小さな村に立ち寄った。一行が野営できる場所もあり、アメリアには宿も用意されていた。
「僕! ライオネルたちと寝てもいい?!」
「ええっ、宿に行けばゆっくり眠れるわよ」
「お願いお願い!」
「私は大丈夫ですよ、奥様。奥様は団長と宿でお休みください」
「え……」
ちらりとヴァルクを見ると、彼は荷物をまとめていた。
「大丈夫か? ヴィータは寝相が悪いぞ」
「そんなことないよ! ライオネルとはもう何回も野営してるしっ」
「ごっこ……でしょ? 本当によろしいのですか?」
「無論です、奥様」
ライオネルはやはり気が利く男だ。
騎士団の者たちは皆、アメリアの様子を常に気にかけてくれる。
おそらく鈍感なヴァルクのために先回りしてくれているのだろう。
「それなら、私たちは宿屋に参りましょうか」
「ああ……持っていく荷物はこれだけで大丈夫か?」
「ええ、何かあればすぐ知らせてください」
ふたりで村の宿屋に入ると、その日の客室はすべて押さえられていた。
ふたりは一番良い部屋に案内された。それでもヴァルクの身体には小さな寝台で、至るところに隙間風が通るような宿だった。
扉を閉めると、ヴァルクはアメリアを優しく抱きしめた。
「はあ……ようやく二人になれたな」
「……それは……あなたが働き詰めだったからじゃないですか。
せっかく帰ってきたのに、一緒に眠ることもできないなんてあんまりだわ」
珍しく尖った言い方に、ヴァルクはアメリアを見つめた。
「すまない。君に近づくとタガが外れてしまいそうだったから、注意していたんだ」
「私は何も考えたくないと言ったのに……あなたのせいでこのひと月ずっと悩んでます」
アメリアの弱音に、ヴァルクは強く抱きしめた。
「じゃあ、何も考えられなくするよ」
ヴァルクは涙目のアメリアの目尻にキスをすると抱き上げて寝台に横たえた。
「え、待って……しばらく野営してたから体も洗っていない」
「何も考えたくないんだろ」
「そういうことじゃ……」
アメリアの抵抗する手を掴みシーツに縫い留めると、彼は何度も口付けた。
そうしている間に思考が止まり、羞恥心はなくなってくる。
パチャ
水音でゆっくりと目を開けると、朝日の光と視界の隅にヴァルクが屈んでいるのが見えた。
身体のだるさを感じながらもゆっくりと起き上がると、肩まで掛けられていたシーツがずり落ちた。
視線を落とすと身体に何も身につけていないことに気づき、慌ててシーツを手繰り寄せた。
「起きたか? ちょうど湯浴みの準備が終わったところだ。
一緒に入るか」
「あ、ありがとう。あなたが用意してくれたの?」
「湯を用意したのは宿の者だ。
部屋の中に入れたくなかったからな」
そう言って伸ばされた手を掴んだ。
大きな手。その手でどれほど愛されたかを思い出すと、また身体が疼きそうだった。
「あのこと……どうするか決めたのか」
狭い浴槽でヴァルクを背に、一緒に湯に浸かりながら話すことなのだろうか。
一瞬悩んだが、この話をずっと出来なかったことを考えると、この機会を逃すわけにはいかなかった。
「それは……まだです。でも出来ればあなたと話し合いたいです」
「このことばかりは君が決断するしかない。
誰かの言葉で操られるべきではない……たとえそれが俺だとしても」
「相談すらしない方がいいのですか? 私の決断はあなたの人生にもヴィータの人生にも関わることですよ」
「……俺の人生は俺がどうにかすることだ。ヴィータも同じ。
だが、アメリア、君の人生は君が決めるしかない」
彼の言葉はいつも正しい。
それは時に残酷で冷たいものだ。
これまでアメリアが好きにしてこられたのは、彼より立場が上の人間の干渉がなかったからだ。
だけど、国王陛下からの申し出は、たとえヴァルクでも無視はできない。
彼は陛下の忠臣なのだ。それは妻よりも重い存在。
「だけど……私は、どうすればいいのか……わからないの」
ゆっくりと冷めていく湯の中で、ヴァルクもアメリアも何も言えなかった。




