二十三話 温もりと冷たさ
久々に開かれた晩餐会は盛り上がり、終わったのは日付が変わろうとした頃だった。
ヴィータは数時間前に自身の寝室へと眠ったまま運ばれ、アメリアはヴァルクからの話を今かと待っていた。
「それで、いつ話すつもりなのかしら」
寝着に着替え、ヴァルクが寝台の上で資料を読んでいる姿を見て我慢の限界が来たアメリアはようやく口を開いた。
「ん……ああ、ヴィータのことか?」
「あなたが夜に話すとおっしゃったんですよ?もう忘れたの」
「すまない。学校の増築計画があって今進めておかないと来期に間に合わなくなるから……つい」
「はあ……いいです、それなら、そちらの方が急ぎなのでしょう」
「いや、正確にはヴィータのことがあるから、こちらも急いで確認しているんだ」
アメリアが首を傾げると、ヴァルクは手に持っていた資料を寝台の隣の台に置き、アメリアを引き入れた。
「国王陛下より、通達があった。
カリオン王子が……王位継承を降りると」
「えっっ……で、ではダリオンに?」
「継承権の第一は……」
ヴァルクの視線はゆっくりとアメリアに注がれた。
「君だよ……アメリア・ストーンに、改めてロキアの名とその王位を継ぐように要請が降りる」
「わ、わたし?
ちょっ……待って……そんなこと……」
言葉にならないまま、アメリアは立ち尽くした。
王位――その二文字が、遅れて重く胸にのしかかる。
「私は……どうしたらいいのですか……?」
震える声でそう問いかけると、ヴァルクは何も言わず、そっと彼女を抱き寄せた。
広い胸に額を預けた瞬間、張りつめていた心がわずかに緩む。
「大丈夫だ」
低く、揺るぎのない声だった。
「君が女王となるなら、私は宰相として隣に立つことになっている」
アメリアは顔を上げる。
けれど、不安が消えることはなかった。
「……もし、私が……ならない、と言ったら……どうなるのです?」
その問いに、ヴァルクは一瞬だけ言葉を選ぶように視線を伏せた。
「国王陛下からは……
アメリアがなれないのであれば、俺がなれと言われた」
「どちらにせよ……ゆくゆくはヴィタリスに……というのが国王の意向だ。
あいつには、王族としての教育が必要になるだろう」
思わず、息を呑む。
「だからといって、君に無理をさせるつもりはない」
ヴァルクはアメリアの背に回した腕に、静かに力を込めた。
「ひと月後、また王都へ行くことになる。
今度は……君と、ヴィータも一緒にだ」
その名を聞き、アメリアの胸がきゅっと締めつけられる。
「王都で、国王陛下から改めて話があるだろう。
君の考えを聞きたい、と」
一拍置いて、ヴァルクは続けた。
「そして――
君の了承が得られれば、正式に発表したいとのことだ」
抱きしめられたまま、アメリアは何も答えられなかった。
母として、妻として、そして――王位継承者として。
ヴァルクに縋り付くように抱きつくと答えるように力が込められる。
「私は……ここであなたとヴィータとただ幸せに暮らしたいのです」
「ああ、知っている」
それでもそのさだめからは逃れられないのだろう。
この身体がアメリア・ド・ロキアだったという事実はどう足掻いても消せないのだから。
ヴァルクの首元にゆっくりと唇を這わせる。同時にびくりと彼が動く。そういえば、昔、自分から彼に口付けをしようとして逃げられたことがあったことを思い出した。
あの頃と彼の本質は変わっていないかのように、さっと身体を引き、アメリアの肩を掴んで距離をとった。
「な、なぜ今……」
「……今だから……なにも考えたくないからです。あなたならそれが出来るでしょう?」
「いや、それはそうかもしれないが……」
ヴァルクは一瞬考えた後、アメリアの身体を気遣うようにお腹を触った。
「そ、その、勝手にひと月後と言ったが月のものは大丈夫だろうか……旅の最中になると困るだろう」
「……そうですわね……十日ほど前に終わったので、出立する時には次の周期も終わってます。
今は王都までの道のりもずいぶん短くなったので大丈夫かと」
「……なら、良かった」
なぜそんな話をする必要があるのか、もうアメリアは限界だった。
息子のこと、自分のことを考えることも、そしてようやく会えた愛しい人にいつまでもお預けを食らうのも。
ヴァルクが何かいう前に彼の口を塞げばいい。
彼の唇に噛み付くようにキスをすると、ヴァルクは驚きつつもそれにきちんと返してくれる。
何度かその行為を繰り返すと、アメリアの視界は反転した。
ヴァルクの肩に置かれた自分の脚と、彼の灰色の瞳にアメリアの金のネックレスが反射して映る。
その光景がとても魅惑的で体の疼きさえ感じてしまう。
それなのに……アメリアの期待した結果を得ることはできなかった。
ヴァルクはアメリアの唇に手を落とすと、柔らかく微笑んだ。
この表情をもう彼女は何度となく目にしている。
彼が『何もしない』と決めているときの顔だ。
「しっ」
そう呟き、アメリアの脚を下ろすと同時に夫婦の寝室の扉に小さな隙間が空き、可愛らしい目が覗いた。
「ははうえぇ、ちちうぇ~」
「ヴィータ、起きてしまったのか。
おいで」
逆さまのまま息子を見てるアメリアの頭上からヴァルクが優しく声をかけた。
寝台によじ登っきた彼をしっかり抱きしめてると、今度はアメリア片腕で抱き起こした。
「さあ、みんなで寝ようか」
アメリアはもうなにも言い返す気はなかった。
ヴィータを間に挟み、目を瞑った。
彼女の不安と行き場の失った熱は、いつまで経っても眠りへと導いてはくれなかった。




