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【最終章】侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!  作者: カナタカエデ
第三章

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十九話 帰る場所

目を開けると……ぼんやりとした視界の先に、うっすらと天蓋が見えた。

その見慣れた光景に、戻ってきたのだと気づく。


けれど、身体はうまく動かなかった。

まるで固まってしまったかのように重く、今にもギシギシと音を立てそうだ。


手を動かそうとして、その掌が誰かに握られていることに気づいた。

ゆっくりと首を傾けると、そこには手を握ったまま眠るヴァルクの姿があった。


――アレクサンダーから救い出された時も、彼は朝まで手を握ってくれていた。

あの時は椅子にもたれて眠っていたけれど、今は椅子に腰掛けたまま、アメリアに寄り添うように手を握りしめ、顔を伏せて眠っている。


「ヴァルク……」


小さく呟いた瞬間、彼は弾かれたように目を覚ました。

起き上がり、アメリアを見るその瞳が、驚愕と畏れに揺れた――そう感じた次の瞬間、覆いかぶさるように抱きしめられる。


「良かった……目を覚ましてくれて」


「いつ帰ってきたの? びっくりしたわ。まだ暫く――」


「いつ帰ってきた、だって? 驚いたのはこっちだ。

君が倒れて目を覚さないと聞かされて……どれほど心配したと思っている」


一息つき、ヴァルクは続けた。


「もう十日も、寝たきりだったんだぞ」


「と……おか……」


「……赤ちゃんは?!」


慌てて起き上がろうと腕の中で身じろぎすると、ヴァルクは慌てず、そっと身体を起こしてくれた。そして彼女の手を取り、腹部へと導く。


すると――まるで返事をするかのように、はっきりとした胎動が伝わってきた。


「大丈夫だ。理由は分からないが、君は飲まず食わずでも衰弱せず、赤子も元気に動いていた。心拍も、しっかりしている」


「そ、そう……」


(さすがに“アメリア様と初代国王様のいる場所へ行っていました”なんて、言えないわ)


「シーリーン! アメリアが目を覚ました! 医者を呼んでくれ!」


その声を合図に、静まり返っていた部屋が一気に慌ただしくなる。

駆け込んできたシーリーンは不安そうな表情を浮かべていたが、アメリアの顔を見ると、ぱっと安堵の色に変わった。


「アメリアさまぁぁ……! よかった……本当によかったです。

こちら、お白湯をお持ちしました。ゆっくり飲んでくださいね」


「心配かけてごめんなさい。身体は少し怠いけど……元気よ」


白湯を口に含むと、温もりが身体の奥へと染み渡っていく。

医者の診察でも問題なしと告げられ、柔らかく煮込まれた料理が次々と運ばれてきた。


「さすがに、こんなに食べられないわ」


「いけません。出産も間近ですし、長く何も召し上がっていなかったのですから。赤ちゃんも、お腹を空かせているはずです」


「あまり急に食べるのも良くない。食べられる分だけでいい」


心配性なシーリーンをヴァルクがたしなめ、笑い返しながら、消化の良さそうなものから少しずつ口に運ぶ。

その様子をじっと見守る二人の視線が気恥ずかしく、どこかへ行ってほしいと内心思ったが――これほど心配をかけたのだ。とても言えなかった。


「……はあ。お腹いっぱい。すごく美味しかったわ」


「料理長が、毎日“アメリア様が目覚めた時のため”に用意していたのです。きっと喜びます。伝えておきますね」


シーリーンが食事を片付けて部屋を出ると、久しぶりにヴァルクと二人きりになった。


もう、何も遠慮する必要はない。

彼のそばにいられる――それだけで、胸の鼓動が早まる。

いつもなら心地よい沈黙が、今は心臓の音が聞こえてしまわないか不安になるほどだった。


「アメリア……」


「は、はい」


「……もう、怒っていないか?」


「え?」


(そういえば……ずいぶん、手紙を無視していたんだった……)


「そ、それはこちらの台詞です。返事を出さずにごめんなさい。

あなたは職務を全うしただけなのに……ヴァルクこそ、怒っていないのですか?」


「何を怒るんだ? それに……君が言ったじゃないか」


「……何か言いましたっけ?」


「また忘れたのか。自分の言葉なのに、本当によく忘れるな」


呆れたように笑いながら、ヴァルクはアメリアの手を取り、優しく撫でる。


「婚約の儀の前に、言っただろう」


困ったように、続けた。


「何があっても裏切らない。

自分が変わってしまったとしても、信じてほしい……と」


その言葉に、思わず声を上げる。


「い、言いました。でも……もう何年も前のことでしたから……」


言い訳するように顔を背けると、顎を取られ、こちらを向かされる。


「忘れていたのか……俺は、君が言ったとおりになってしまったのだと思っていたがな」


「ごっ、ごめんなさぁい……」


頬を押さえられてうまく話せずにいると、ヴァルクは吹き出すように笑った。

その様子に手を払いのけ、「もうっ!」と反抗する。


ヴァルクは、逃げるように逸らしたアメリアの顔を、そっと覗き込んだ。


「……怒っているふりをする余裕があるなら、大丈夫そうだな」


「それ、どういう意味ですか」


「君が無事で、本当に良かったという意味だ」


そう言って、彼は額にそっと口づける。

深くも長くもない、確かめるような口づけだった。


胸の奥がじんわりと温かくなり、アメリアは思わず目を閉じる。


「……どこに行かれても、待っています。だから必ず帰ってきてください」


「俺はもう二度と、こんな思いはごめんだ。できる限り、そばにいるよ」


言いたくて、言えなかった「待っている」という言葉。

それを口にできたことで、ようやく心から安堵した――その瞬間だった。


「……っ」


腹の奥が、きゅっと締めつけられるように痛んだ。


「……あれ?」


最初は気のせいだと思った。

けれど、波のように引いた痛みが、少し間を置いて、また押し寄せてくる。


「アメリア?」


「……ヴァルク、ちょっと……お腹が……」


今度は、はっきりとわかる痛みだった。

思わずシーツを握りしめると、ヴァルクの表情が一変する。


「……まさか」


「う、うん……たぶん……」


「シー――」


「あ、大丈夫よ。まだ」


「よ、呼ばなくていいのか? 産婆も……」


「これから、長い戦いになるからね」


珍しく狼狽えるヴァルクに、アメリアは小さく笑みを返した。


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