十八話 物語の結末
カリナの言葉に、アメリア王女と初代国王は揃って首を傾げた。
何を言いたいのかわからない――そんな表情を見て、カリナは悟る。
自分と彼らとでは、そもそもの価値観が違うのだと。
「ゴホッ……つまりですね」
軽く咳払いをして、カリナは続けた。
「私はヴァルク様を愛しています。ですが、それと同じくらい……アメリア様のことも大切なのです」
「アメリア様のために人生をやり直したのですから、幸せになっていただきたい。
そう思うのは、当たり前ではありませんか」
「それで、自分の幸せを捨てるのか?」
「捨てるわけではございません」
カリナは、はっきりと迷いなく答えた。
「ですが、このままアメリア様に人生をお返ししなければ、私は本当の意味で幸せにはなれません。
どれほど彼を愛していても……誰かの幸せを奪ったままでは、幸福とは言えません」
一瞬……ヴァルクの顔がよぎる。それでも視線を伏せてから、言葉を続ける。
「……このままアメリア王女でいたいと思ったことが、一瞬もなかったと言えば嘘になります。
でも、こうしてアメリア様にお会いできた今、私の答えは決まっています」
カリナはアメリア王女に向き直り、そっと微笑んでその手を取った。
「私はやっぱり……あなたに幸せでいてもらいたい」
沈黙が落ちた。
アメリア王女も、初代国王も、何も言わない。
困惑していると――突然、堰が切れたように二人が大声で笑い出した。
あまりにも楽しげな様子に、口を挟むことすらできない。
「はあ~、やっぱりカリナはカリナのままね!」
アメリア王女は目元を拭いながら笑う。
「私に転生したんだから、もう少し自分勝手になってもいいと思うのに」
「お前の言ったとおりだ」
初代国王も愉快そうに頷いた。
「この娘は大物だな……アメリアのために、己が切り拓いた未来すら譲るというのか!」
だが、と声を落とす。
「……残念ながら、アメリアの望みは、そなたから身体を奪い返すことではない」
それまでの厳しい表情とは打って変わり、初代国王は穏やかに微笑んだ。
アメリア王女もまた、同じように優しく微笑む。
「本当に叶えるかはお前の答え次第だと約束していたのだ」
くつくつと笑いながら続ける。
「だが……叶えてやらねばならなくなってしまった」
「それはどういう――」
「私の望みはね」
アメリア王女は、まっすぐにカリナを見つめて言った。
「あなたの子として、生まれ変わることよ」
「えっ……えええええええええええ!?」
思わず、今は膨らみがないお腹に手を当てる。
「お腹の子が……アメリア様?!」
「そうじゃ。
だが、お前がアメリアにすべてを差し出す覚悟を持つ人間であったなら、
その願いを叶えてやる約束だった。
アメリアのままでいたいと言えば、ふたりの魂を元に戻すつもりはなかったのだが……
運が良かったな」
「じゃあ……私……ヴァルクと生きられるの?
アメリア様と……」
言葉の途中で声が詰まる。
こみあげる涙を拭いながら、カリナはアメリア王女を見つめた。
彼女の瞳にも、同じように涙が浮かんでいる。
――こんな結末が、本当にあり得るのだろうか。
信じられない思いのまま、ふたりはそっと歩み寄り、互いを慰め合うように抱きしめ合った。
まるでお伽話のような結末が用意されていたことに、カリナは嬉しさを隠せなかった。
そんな彼女に初代国王は低い声で言い放つ。
「だが、この先の未来がどうなるかはわからんぞ。
そなたはアメリアであって、アメリアではない。二度と転生はできぬ」
淡々と、しかし重く言葉が続く。
「アメリアもまた、生まれ変わるということは別の人間になるということだ。
それでも――国の未来は、ヴァルクとお前たちにかかっている。
そのことを忘れるな」
「わかっています!」
カリナは力強く頷いた。
「ロキア王国を滅ぼすな、ということですよね!」
「……大丈夫よ、カリナ!」
アメリア王女は笑顔で言う。
「どうせもう転生しないんですもの。好きに生きればいいのよ」
「あ、アメリア様……ここまでしてくださった国王様の前で、なんてことを」
「だって私は生まれ変わるんだもの。もう直接は関係ないでしょ?」
悪気なく話す姿に、気を変えないかと国王の様子を窺うと、彼は呆れたようにため息を吐いた。
「安心しろ……アメリアには期待しておらん。
では……さっさと現実へ帰ってもらおう」
鬱陶しげに手を振る国王に駆け寄ると、アメリア王女は肩を抱き寄せ、頰を寄せた。
「ありがとう、おじじ様。
最初は最悪な先祖だと思ったけど、あなたのおかげでようやく望みが叶うわ」
「お前のような子孫はこりごりじゃ……
次は自分の力で掴み取るんだぞ」
慈しむような瞳で、アメリアの銀色の髪を撫でる。
その指先が光ると、初代国王陛下は光に包まれ、静かに消えていった。
「さあ、私たちもこれでお別れね……」
振り返った王女はカリナのそばに来ると、微笑んだ。
「実はおじじ様と、もうひとつ賭けたことがあるの」
「え? なんですか?」
「言ったら賭けにならないでしょう?」
「そうですが……」
「ねえ、この国の未来なんてどうでもいいから、ひとつだけ、約束してくれる?」
「はい?」
「あなたが幸せでいてくれること!!」
満面の笑みで笑ったアメリア王女は、
カリナが知る中でも、一番綺麗だった。
***
「……ごめんなさい」
転生した人生での最期の言葉は、
ヴァルク・ストーンへの謝罪だった。
その言葉に込められた想いが
前世で起きたことへの謝罪なのか
今世でしたことへの謝罪なのか
自分でも区別はついていなかった。
それでも死んだ後に残ったのは
こんな終わりは嫌だということと、
カリナとヴァルクが結ばれる未来に生きていたいという気持ちだった。
人生最大のわがままを、
初代国王は呆れつつも、自分の妻に似ているという理由で許してくれた。
カリナが転生したアメリアは、生き生きとしていた。
それが他の誰でもなく、自分のためだということに、優越感すら覚えた。
そのとき、確信した。
私が欲しかったのは、
誰よりも自分を愛してくれる人。
ねえ、カリナ。
だから私は、あなたの子になりたいと願ったのだと思う。
ーーーそのことを、あなたに伝えることはもうないけど。




