十六話 アメリア王女
まるで精巧な物語を見ているかのように、アメリア王女の半生を覗き見た。
そこに登場する人物たちは、皆よく知る人たちばかりだった。
それなのに、その物語は、自分の知らない結末へと進んでいってしまっていた。
「ええっ、これどういうことですか?!」
意識が戻ったと同時に飛び出した言葉に、アメリア王女の身体がびくりと跳ねる。
「どうって……だから、今あなたが見たのが本当の私の人生なのよ」
「じ、え? どこからどこまでが、ですか?
アメリア様が選んだ婚約者はヴァルク様で……ヴァルク様が、私と浮気……?」
「まだわからないの?」
困ったようにため息をつくその姿に、浮かんだ言葉を投げかけてみた。
「アメリア様は……一度、転生されたんですね」
その瞳が、正解だと示すように笑った。
「そう。私が最初の人生で選んだのは、ヴァルク・ストーン伯爵。
そして、私たちの結婚がなくなった理由が、カリナ……あなたってわけ」
アメリア王女は人差し指を胸の前に立て、カリナの前に突き出した。
「え……それ、違いますよね……」
「どう考えても……アメリア様がフィリップ様に夢中だったからで……
私もヴァルク様も、完全に流れ弾を受けていたように見えましたけど」
「……相変わらず、こういうときははっきり言うわね」
そう、侍女という関係であっても、十年以上を共に過ごした仲だ。
ふたりの間には、嘘や偽りはないと信じていた。
――それなのに、蓋を開けてみればこの結果だ。カリナは少しばかり、怒っていた。
「アメリア様は、一度目の人生で失敗したから、二度目の人生ではアレクサンダー王子を選んだのですね。
でも、どうして私を侍女にしたんですか?」
「嫌がらせよ……!」
「い、嫌がらせ?!」
仁王立ちではっきりと宣言した王女に、開いた口が塞がらない。
それでも、どうにか言葉を続けた。
「でも、私……なにもアメリア様に酷いことはしていないと思います!」
「だって腹が立ったんですもの!!
酷い結末だから見せなかったけど、このあとにはもっと悲惨な出来事が起こるのよ!!
それもこれも、ストーン伯爵がロキアを捨てるせいじゃない!
だから、そんなことにならないように、あなたたちを出会わせないようにしたのよ」
アメリアの子どものような言い分に、頭がくらくらする。
けれど、どうしてもはっきりさせておきたいことがあった。
「ヴァルク・ストーン伯爵は、カリナを好きだったわけではないと思います。
彼は、過去に妹を守れなかったことを後悔していました……きっと、その想いが重なってしまっただけです」
「別に……慰めなんていらないわよ。
私は一度も、ストーン伯爵に心を奪われたことなんてないもの。
あなたと違って……」
「……アメリア様……」
「とにかく、これでわかったでしょう。
私は転生して――あなたの人生を奪ったの」
「……前世でのことはわかりました。
それで、どうして二度目の転生を私に丸投げしたんですか?
どう考えても結論は出てましたよね。
アレクサンダーを選ばない。
フィリップに翻弄されない。
ヴァルク・ストーン伯爵と結婚する。
そうすれば、アメリア様自身が国を救えたんじゃないですか?」
まるで母親のように叱るカリナに、王女はなぜか嬉しそうに笑った。
「だって、つまらないじゃない。
それに、あの男のせいで……私、もう転生なんてしたくなかったのよ」
「つまっ……つまらないって、なんですか!」
「仕方ないでしょ。伯爵の気持ちを変えなきゃいけないにしても、また私が?って思っちゃったの。
でもカリナなら前歴あるし、大丈夫な気がして」
「ぜっ……前歴……
そんな理由で、自分の人生をやり直せと言ったんですか……」
「まあ、そんなに怒らないでね。
おかげで伯爵と、素敵な日々を過ごせたんでしょ?」
「なっ、なっ……何言って……」
「だってそうでしょう?
あなたはアメリアとして伯爵と相思相愛で結婚できて、今は子どもまで身籠っている。
誰のおかげかしら?」
「そ、それは……」
「あなたを侍女としてこき使ったことで怒られるのは仕方ないと思うけど、
転生させたことについては、むしろ感謝されてもいいと思うの」
アメリア王女の突拍子もない数々の行動は、すべて生まれ変わった所以だったのか。
そう納得すると同時に、脱力感が身体を包んだ。
「私は……こき使われたとは思っていません。
前世でアメリア様と過ごした時間は、とても楽しいものでしたから」
それだけは伝えておこう。
もし彼女が、視力を失ったカリナと私を同じだと思っているのなら、それは違う。
私はその人生を知らないし、どんな思いだったのかもわからない。
けれど、私は……侍女だったカリナは一度もアメリアを憎まなかった。それだけは、確かだ。
その気持ちを察したのか、それまであえて強気に振る舞っていたアメリア王女は、黙り込んだ。
二人の間に、ひととき穏やかな空気が流れた。
――ほっと一息つこうと思った瞬間だった。
地獄から這い出るような声がその空気を叩き潰した。
「お前たち……いつまでそうやって団欒しているつもりだ!!」
まるで世界そのものが怒鳴り声に反応したかのように、視界が一瞬暗転する。
反射的に振り向いた先に立っていたのは、白髪の老人だった。
老いているはずなのに、その背は異様なほど真っ直ぐだ。
そして――こちらを見下ろすその瞳は、漆黒。
底の見えない闇が、静かにこちらを覗き返していた。
言葉より先に、身体がすくむ。
「……だ、誰ですか?」
問いかけた相手は、老人ではなくアメリア王女だった。




