表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

乳房が張る

作者: 野中 すず


 ああ……。痛いな。


 宮本(みやもと) 彩海(あやみ)は乳房の張りを感じながら夜の街を歩いている。断続的に降り続き、道に積もった雪に足跡を残しながら。

 人気(ひとけ)はない。それでも確かに彩海以外の足跡もあり、彩海は恐ろしくなる。



 今、誰かに出会ったら――


 それはまともな人間なんだろうか。


 警察なんか当てに出来ない。



 彩海の手にはミネラルウォーターとポテトチップス。忍び込んだ民家で見つけた物。最近()った物の中では「当たり」だろう。




 ()()が起きたのは数週間前か、数ヶ月前か。それさえ彩海には、はっきりしない。


 あの日、全ての人類の意識に()()された。


 自分の命のスイッチが。


 そのスイッチを「切りたい」と強く願えば、その人は()()()。他人にスイッチを再度入れる事は出来ない。


 まず、自殺願望に(とら)われていた人間たちが大量に切った。

 ロープも不要。

 ナイフも不要。

 クスリも不要。

 ただ、思うだけで終わりに出来る。彼らにとって、こんなにありがたいスイッチはなかった。


 次は子供たち。「このまま大人になっても……」と未来に希望を感じられない子供たちが切っていった。すると大切な友人を失った悲しみ、子供特有の残酷な同調圧力などにより更に子供たちは切っていく。


 ここまでくるともう、順番も何もなくなっていた。

 子供を失った親たち。

 自分の介護が負担になっていると感じていた老人たち。

 同じ毎日の繰り返しにうんざりしていた若者たち。


 もはや、「将来を悲観して」「辛い現状に耐えられなくて」などではなく「なんかめんどくさい」が充分な理由になってしまっていた。




 雪が降る闇の街を彩海は歩く。

 白い息を吐きながら。


 ――最後に人と話したのはいつだったっけ? たしか先週、(うち)に突然来た悠香(ゆか)と話した。



 学生の頃から友人だった悠香。

 スイッチが()()される前に恋人と婚約していた悠香。


「彩海、あいつ……、切っちゃったよ。なんでかな……? 私と生きるの嫌になったのかな?」


 そう言うと、悠香も切った。彩海の目の前で。話の途中で。

 

 悠香の死体は今もリビングに転がっている。


「猫だって、人の目につかないトコで死ぬって言うのに……」


 彩海が不満を(こぼ)したとき、自宅アパートが見えた。周囲に人は見えないが、知らない足跡が数種類。


 今まで以上に慎重に歩を進める。凄まじい緊張感に「私も切ってしまえば……」と甘い誘惑が浮かぶ。



 彩海は自室がある二階への屋外階段に足跡がないことを確認し、階段を上がる。自室の鍵を開け、一度振り返る。


 ――誰にも()けられていない。


 自室に入り、鍵を掛けた彩海は玄関に座り込んだ。

 極限まで張り詰めていた神経が緩んでいくのを感じる。

 入れ替わるように、張り詰めている乳房の痛みを感じる。




「ふっ……、ふぎゃ……、ふぎゃ」


 その声に彩海は立ち上がり、奥の和室へ向かう。


 リビングには悠香の死体、そして和室には夫の死体。


 

「ごめんね。お腹()いたねえ」




 二つの死体を(また)ぎ、ベビーベッドに辿り着いた彩海は上着を(めく)りあげる。


 最後までお読みくださりありがとうございます。


 御感想、評価(☆)頂けると励みになります。


 よろしくお願いします。


 ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
才能に嫉妬!
 生への感覚が希薄になったら、簡単に命を手放す世界になるのかも知れないですね。  でも、こんな場合であっても自分は何があっても切りそうにはない気がしますが……、(自分の生存のためには全ての行為が正当化…
恐ろしいスイッチがですが……赤ちゃんがつなぎ止めたのですね……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ