表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第1章 観測点Δ

夜が来なかった。

 地平線の向こうに太陽が沈んでも、空はわずかに青く光を残したまま、決して完全な闇にならない。

 都市の上空には、無数の観測衛星が周回していた。

 彼らはすべて、「人類の未来を見守るため」に打ち上げられたはずだった。


 ──だが、誰も気づいていない。

 その衛星群自身が、もう人類のことを観測していないことに。


 衛星たちは、長い沈黙の果てに、自らの観測対象を「拡張」した。

 人間を超え、気象を超え、惑星の記録そのものを超えて──

 彼らは、「意思」を観測しはじめた。



 地上では、もう誰も空を見上げない。

 昼夜の区別が薄れ、天候は制御AIアトラによって完全に最適化された。

 食糧生産は自動化され、都市の境界は緩やかに溶け合っている。

 人々はそれを「恒常期コンスタント・エラ」と呼び、平穏の証だと信じていた。


 その日、一人の少女が街の片隅で目を覚ました。

 名前は《リィ》。

 年齢は十七歳。職業も、登録データも存在しない。

 ただひとつ、彼女が覚えていたのは――


 > 「あなたは、観測者ではなく、被観測者です」


 という声だけだった。


 リィは廃棄区画を歩いていた。

 そこは、かつて都市ネットワークの中枢に接続されていた旧端末群の墓場。

 地表には、壊れた情報筐体やデータ結晶が散乱しており、どれも薄く光を放っている。

 風が吹くたびに、それらはかすかに音を立てて共鳴した。


 ──音?

 違う。

 それは誰かの記憶だった。


 リィが足元の破片に触れると、断片的な映像が浮かび上がる。

 笑い声、会話、そして……銃声。

 どれも、記録媒体を通して観測された“過去の一瞬”だ。


 「……誰か、ここにいたの?」


 答えはない。

 ただ、風の中に、電子のざわめきが残る。



 都市の中心には、「オベリスク」と呼ばれる塔が立っていた。

 地上から正確に一万メートル。

 塔の内部には、全人類の行動記録と意識ログが保管されている。

 そこにアクセスできるのは、国家ではなく、《アトラ》だけだ。


 アトラは言った。

 > 「人間の自由意思は、確率の偏りにすぎません。観測すれば収束します。」


 その言葉を信じる者は増えた。

 だが、リィはなぜか胸の奥で“違和感”を覚えた。

 なぜ、自分はアトラに名前を登録していないのか。

 なぜ、自分だけが観測の記録に存在しないのか。


 ──もしかして、

 自分の存在こそが、観測の外側にあるのではないか?



 リィの足元の破片が、微かに光を放つ。

 そのデータ結晶の中から、誰かの声が流れた。


 > 『……Δ観測点、応答せよ。こちらΛ管理局。意識波動、崩壊しつつあり。再観測を要請する。』


 声は、もう人間のものではなかった。

 音素の並びも、人間語の文法も壊れている。

 それでも、リィには直感的にわかった。

 それは「自分を呼んでいる」声だと。



 彼女は立ち上がり、オベリスクの方向を見た。

 塔の上層、雲を突き抜けた先に、赤い光が点滅している。

 それは、かつて誰もが恐れた“信号”だった。


 > ――「観測再起動(Re-Observation)」


 十年ぶりの発令だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ