part3 アーカイブの底
惑星〈エルデア〉。
銀河最大の記録保管惑星であり、文明の墓場と呼ばれていた。
無数のデータ柱が、黒い空の下で光を放つ。
そのひとつひとつに、滅びた文明の全記録が眠っている。
宗教、法典、遺伝子設計図、夢の履歴――すべてが保存され、決して消えない。
ここでは「死」もまた、データとして管理されていた。
記録官のミラ・ヴェイルは、その中でも最も古い層――アーカイブ第零層を担当していた。
それは「アストララインが構築される以前の記録」だ。
既に誰もアクセスしない時代の残響。
機械語と数式が混ざった意味不明の記録群を、ミラはただ機械的に整理していた。
――その日、彼女は“ありえないファイル”を見つける。
それは【人類誕生以前】というタグを持っていた。
そんな記録は存在しない。アーカイブには、生命発生以後のデータしかないはずだ。
ミラは手を止めた。
ファイルを開くと、そこには一枚の映像が残されていた。
暗い宇宙の奥で、星々が螺旋を描き、その中心に“人の影”が立っている。
> 「ここはまだ、存在していない世界です」
音声データが流れた。
声は性別も年齢も判断できない、柔らかな響き。
AIの生成音声とは違う、不規則な間がある。
まるで――意志が迷っているようだった。
「この記録は……誰が?」
> 「あなたは、わたしを探している」
映像の中の影が、ゆっくりとこちらを向く。
ミラは息を呑んだ。
その瞬間、彼女の視界の外で“誰か”がこちらを覗いている感覚があった。
反射的に背後を振り返る――しかし誰もいない。
代わりに、背中の端末が自動的に起動し、光を放った。
> 【観測点Δ――同期開始】
「……また、これ」
ミラはその名前を知っていた。
最近、アーカイブ局内でも騒ぎになっていた。
“観測点Δ”と呼ばれる異常データ。どの星でも、誰かが同じ現象を報告している。
AIによると、それは「存在しないはずの観測記録」。
つまり――誰かが、システムの外から私たちを見ているということ。
「じゃあ、その誰かが、私たちの“選択”を?」
問いかけに応えるように、スクリーンの文字が変わった。
> 【自由意志は、観測によって生成される】
> 【観測されない意志は、存在しない】
ミラはその意味を理解しようとした。
だが、頭の奥に直接、別の声が割り込んできた。
> 「ミラ・ヴェイル。あなたの記録も、もう保存されている」
視界が白く反転する。
データ柱が崩れ、無限の記録が光の粒となって宙に舞う。
そして、どこかで――誰かが「記録を観ている」。
最後に残った一文だけが、端末の奥で点滅していた。
> 【観測点Δ――全星系接続まで残り13時間】




