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「一つ聞きたいことがある」
名前も知らない銅像の製作者に感謝していると声を掛けられる。
「なに?」
「……」
自分から聞いたくせに彼はなかなか返信しない。
「どうしたの?」
「……いや、やはりいい」
「なによそれ。一度言いかけたことをやめられるのってすごく気になるのだけど」
言いかけてやめるのはたちが悪い。それなら最初から言いかけないでほしい。ここで聞かなければ今晩寝るとき確実にモヤモヤして眠れなさそうだ。
「馬鹿にされそうだから質問するのをやめたのだがな。お前は……前世なんて信じるか?」
「信じるわ」
冗談交じり、といった声音で問われた言葉に間髪いれずに返事した。
「何故だ。前世なんて荒唐無稽な話だろう。前の人生の記憶を覚えてる人間に俺は会ったことがないし、記憶なんてあったらこの世は大混乱しそうじゃないか」
「大混乱、するわよね」
というかした。実体験だ。
そもそも、この人はどうして急に前世なんて話を持ち出したのだろう。
「なら余計にだ。どうして信じる」
「信じるというより、信じたいのかもしれないわね。それに、仮に転生しても変人扱いされたくて隠しているかもしれないわ」
私がいるので前世があるのは確実だ。信じたいのは彼がこの世界に生まれ変わっていること。心のどこかでは分かってる。二人とも生まれ変わるなんて、同じ時代に生まれることなんてそんな確率が低いことを。
だからこそ信じたいのだ。
「だってそうでないとあまりに救いようがないじゃない。もし仮に人生でやり遂げられなかったことがあっても次がある、そう思えたら少しは前に進めるから。やり直すことはできなくても」
彼は「そうか」とだけ呟いた。
「私も質問するけど、どうして突然そんな質問をしてきたの?」
「なんとなく似ていたから」
よく聞こえなくて聞き返そうとしたところで強風が吹いた。目が開けられそうにないくらいの。風と逆を向いてやり過ごした。
次に目を開けると銅像が見えた。なぜか他の人は強風などなかったかのように平然としている。
「アルキオネ様……」
彼は少しだけ、本当に髪の毛ほどだけアルキオネ様の持つ雰囲気に似ているかもしれない。何処がかは分からないが。
なんでこんな生意気そうな人にアルキオネ様を重ねてしまったのか。髪と瞳の色かしら。
ねえ、と黒髪男に声を掛けようとしたのにもういなかった。
ほんの一瞬だったのに、何処へ行ったのかしら?周りを見渡すがどこにもいない。
ただ、王都の広間らしい賑わいがあるだけ。
あまりに静かに消えたので存在すらあったのか疑いたくなる。
「リーン。呆けた顔してどうした?」
あっ……レナード兄様、帰って来たんだ。
力が抜けて安心して抱きつく。
「お帰りなさい!」
「やはり、まだまだ子供だな。ほら、みんなに見られているよ?」
「こ、子供じゃありません。……ですが妹です」
ばっと手を離したけど、弁明をする私。
ついでに抱きつきながら、流していた涙を兄様にバレないうちに袖で拭っておいた。
「何かあった?リーンは子供っぽいところがあるけど、直接甘えてくるのは珍しいね」
「何も……何もなかったわ。抱きつきたかっただけなの」
いろいろと思い出して悲しかったりしたのだけど、まさか前世なんて話すわけにもいかない。
変な子扱いされそうだし、信じてなんてもらえないだろう。
前世なんておとぎ話に近い存在。
この先、レナード兄様にも他の誰にも話す気はない。
子供の持てる無邪気という殻に、あれやこれやを隠してしまおう。
「アルキオネ様とリレインユール様の像だね。これが見たかったんだ」
「ええそうよ。兄様も知っていたのね。ガイドブックに書いてあって気になったの。魔法使いを志すものとしてアルキオネ様には憧れているし」
嘘ではない。嘘では。
ガイドブックのことも憧れていることも。
絶妙なところでズレができているだけで……。
「リレインユール様は?」
まただ。さっきも黒髪に聞かれたわね。
守りきれなかったリンがそんなに有名なのかしら。
別人の可能性は……やっぱりないわね。銅像が持っている剣は、前世で愛用していた特注品と同じものだもの。
アルキオネ様を守るために刺された人なんて、どれほど漁っても他にはなかったし。
これは、記憶を思い出した私がアルキオネ様やその時代のことを調べまくった時の話だ。
「アルキオネ様とリレインユール様はどちらが人気?どちらを好きな人が多いの?」
「どっちもどっちで人気だよ。というよりどちらも好きな人がほとんど。この帝国の英雄だからね。一人で出てくることはなくて、必ずふたり一緒だよ」
そうなんだ。
私、リンの人気なんてアルキオネ様よりずっとずっと低いって決めつけてたのに。
いやなんで人気になった!
そもそも誰が銅像建てた!?
前の人生では知らなかった。自分の銅像とはなんとも言えない気分にさせてくれるものだと。
「この国を守った二人の偉人。帝国の戦鬼なんて二つ名があったりする」
「マジなの?」
「マジだよ」
マジか……。
なんだよ。
そのいかにもツヨツヨなネーミングは!!
やっぱり、恥ずかしいよぉ……。
問いただしたい。誰が二つ名をつけたの!?
「と、ところで兄様は何を買いに行ったの?」
こうなったらもう、話題転換だ!
羞恥に悶えそうな話からは逃げよう。
「リーンにプレゼントがある」
「えっ、本当?なになに、なんなの」
遠慮することも忘れて、素で反応してしまう。
差し出された折り畳まれた黒く艶のある布。
この大きさは服?
広げてみると……これはっ!!
「ローブ!!!」
「小さい頃僕のローブを羨ましがってただろう?だから、入学祝いに買ってあげようと決めていたんだ。喜んでくれる?」
「ええ、もちろんよ。ものすごく素敵だわ!あっ杖もある!!」
「着てごらん。きっと似合うよ」
「うん!!」
そっと袖に手を通してみる。
質の良い感触。黒は黒でも高級感が漂っている。
ふふっ。魔女っぽいかしら。
魔法が下手でも、まずは形からよね。
魔法使いっていったらローブに杖、これは鉄則よ。うんうん。
まぁ、今は杖を使わない人ばかりだけど。
「銀の髪色に合うように黒を選んだんだ」
スレイブ家の者は代々髪色が銀に染まる。
前世と同じ髪色だったから運命を感じてしまったけど、家系から遺伝したものだった。
それはそれで嬉しい。
家族との繋がりを感じられる。ちなみに銀は銀でもちょっとずつ違っている。兄様は青みがかった銀で、私は祖父の影響みたいで光沢が強めの銀。
「ほんっとうにありがとうお兄ちゃん!大切にするね」
「ははっ、口調が戻ってるよ」
あっ大変。
「ありがとうございますお兄様。大切に使わせて頂きます」
まぁ、今日までは間違えても良いか。
次からは心に留めて置かねば!!
その後は買い出しに付き合ったり、付き合ってもらったりして街をぶらぶらした。
ローブが嬉しくてそのフードを目元まで被って少々怪しげな格好をしながら。
スレイブ家はことのほか知名度が高いらしく、私たちを見る視線があちらこちらにある。でも歩いていくと楽しくなってそれも気にならなくなった。
そしてやっぱり物珍しくてあちこち見ているうちに兄様とはぐれかけたけど、手を繋がれてはぐれなかったので結果オーライである。
いや、これでも十七歳なんだよ。
そんなに子供扱いされるとこっちが恥ずかしい。
美味しいそうなものを眺めていたら、ねだっていないのに買ってくれた。
予想通りふわふわで甘くて雲みたいで美味しかった。
そしてたくさん王都巡りをして夕方、日が沈む頃学園までの道を兄様は送ってくれた。
寮は棟が違うみたいで流石に無理だったけど。
学年が違うものね。一つ上だっけ。
あまり違わないのに甘えられるのは、レナード兄様の精神年齢が高いからか……。そういうことにしておこう。