6
声をかけられたその方向を向いたら、黒髪の男が立っていた。
最初は問いの意味が分からなかったが、頬から何か落ちる感覚がして、自分が泣いていたことを知った。
この人、赤い瞳をしている。
黒髪に赤い瞳。知っている、同じ色を。
まるで……。
「お前もリレインユールを尊敬している人間の一人か?」
急に二言目で聞かれ、茫然とする。
その前に誰だろ、この人。会ったことのない知らない人だ。
だけどきっぱり言う。
「いいえ、私はアルキオネ様を尊敬しております。魔法使いを志す者として当然だと思うわ。彼はすごい。高い身分でありながらどんな人にも分け隔てなかった……と聞いたことがあります」
伝承を聞いたような口ぶりで胸を張って堂々と語る。勿論語ったのはわたしが前世で見ていたアルキオネ様の姿。
実際、魔法の教科書には彼の偉業について記されることも多く、またそれを読んだ人は彼を尊敬している。魔法の教科書を読んでいなくてもこの国の重要人物なので、この国の人もまた尊敬しているのだろう。
要するに魔法使いとしてもこの国の偉人としても尊敬できるお方なのだ。
あれほど凄い魔法の使い手だ。彼が私のように転生したなら、やはりきっと魔法を使っているのだろう。
叶うなら見てみたい。
なーんて、アルキオネ様が転生してるかも不明なのに無理難題だよね。
「ところでリレインユールとは?」
誰それ。聞いたことのない人だわ。
「アルキオネは知っていて、隣にある銅像は知らないないのか?」
「そう言われても知らないものは知らないもの」
「そこの銅像」
言われて怪訝ながらも銅像を見てみる。
剣を持った少女の像。髪をたなびかせ、凛と前を見つめていて、かっこいい。
でも、なんかこの顔見覚えない?
うんうん。すごくある。
これはかなり美化されているけど、もしや私!??
一瞬自分をかっこいいとか思ったのが、すごくすごく恥ずかしい。
だよね!愛用の剣を掲げているもの。
実際よりも美化されているのがなんとも……。
恥ずかしい……。
ものすごく恥ずかしい……。
私はこんなに綺麗じゃなかったわよ。
作ったの誰よ。
でも、この銅像の説明はまだ見てない。
本人なのに説明なんて必要ないだろう。
でも、アルファルドに促されてプレートを見るとそこには前世の名前が……。
あれれ?前世の自分の名前ではない!?
リレインユールと彫ってあった。
はて、私の名前じゃない。
私はリンだった。それ以上もそれ以下もなく。
出会った時の出来事をもとにしてアルキオネ様から貰った名前。よく短過ぎだと不満を漏らしてたっけ。もっと真面目に考えてよ、と。
だからこそこんなに長い名ではなかったと胸を張って言える。
もしかして別人かと思うけど、愛用の剣は見まがうことなくかつてのデザインそのもの。
「名前間違いではないのよね。これで合ってるのよね?」
「ああ。銅像が建てられた時からずっと同じだ」
「そう、なんだ……。ずっと同じか」
私が死んだ後、間違って伝わったのかしら。リレインユール。響き的には似てないこともなくもない??
リとンの文字も入ってるし。
素敵な響きの名だけど、志半ばで彼より先に死んだ私には勿体なすぎる。やはり自分にはリンの二文字で良かった。
最後まで彼を私が守りたかったな。
「あなたはアルキオネではなくリン……リレインユールが好きなの?」
「ああ、命をかけてまでも守るなんて……。彼女を尊敬している。それなのに、アルキオネは何も出来なかった。彼女が目の前にいたのに、守れなかった」
その言いように少し、苛立つ。
彼のことを知らないくせに。
「アルキオネ様を馬鹿にしないでくれませんか。彼は十分すぎるほどリレインユールを守ったのです。身分はずっと上だったのに。彼女は拾われただけの、身元不明な人だったのに。そんな怪しい人間に手を差し出せる人間なんて他に居ません」
「身分とか関係あるか?ないだろ。守りたい大切な人を守るのに上とか下とか」
「アルキオネ様は大切に思ってくれてたのかしら」
愚問か。リンはただの従者だもの。
「そうだろうな」
なのに目の前の彼はさも当然だという風に応えた。ずっと昔からの疑問に他人から答えられたのが癪にさわったのかもしれない。
「そんなのあなたに分からないじゃない」
自分でも驚くほど低く冷たい声だった。その時の私は、丁寧な口調にするのも忘れていた。
「分かるよ。それくらい」
その言葉に鼻で笑う。
本人以外分かるはずない。
私は、リンはただの従者だった。そんな人をいちいち好いていたら、心なんていくらあっても足りない。
本当に好かれてたら良かったな。
でも、好かれていなくても私は好き。
生前この想いを知らなくて良かった。
数百年も後の世界に生まれ変わってしまったから伝えられはしないけど、リンとして生きてる時に知ってしまったら身分の壁を前に悲しくなるだけ。
本当、この銅像は彼そのもの。
製作者さんありがとうございます。