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私、リーン•スレイブは十七歳の春を迎えた。
そして両親と夏休みまでの別れを済ませ、お兄ちゃんと王都に出てきたところである。
お父さんはここまで付いてきたがっていたけど、残念なことに王都まで家族揃っては来られなかった。どのみち学園へ行くのだからお兄ちゃんが送ればいいことから付き添いが必要なかったことと、学校がさほど遠くないことから、お母さんに押し止められていた。
ちなみにお母さんは人混みが苦手だから、王都は避けている。
だから名家といえ私たちは田舎を選んで住んでいるらしい。
お父さんは、王都に行きたくないお母さんの道連れにされたかな。
まぁ、極め付けは『書類確認の仕事、まだ終わってないでしょ!?』だったのだけど……。
それは多分、魔法を教えてとねだった私のせいで……。
先日も魔法を教えてもらったのだが、頼んだときに珍しく顔を曇らせていた。まさか、仕事の邪魔をしてしまったとは思わなかった。ごめんね、お父さん。
ちなみに家のある村から出たのは記憶があるうちではこれが初めて。
もちろん大人数の馬車も。
いつも馬車は大きくても四人乗りだったし。景色はどんどん植物が減り、民家や店が増えていった。
そして今いるここは王都。国一番の都会だ。
流行りの服を着た人々。カラフルな街並み。所狭しと並んだお店。変わったものを売る露天商。路上の楽団やマジシャン。
どれもこれもが、地元ではなかったものばかり。
これが、これから過ごす私の街。
「兄ちゃん、都会やさー。地面まで土やのうて石で作られとうよ」
これが『王都に行くならこれ一冊!!!王都丸わかり観光ガイドブック』に書いてあった舗装道路か。
別に育った村に訛りなんてないけど、自分と王都との差を感じて方言になってしまう。
そこではっと思い出す。
ガイドブックに書いてあって、ここに来たら絶対に見ようと思っていたものがある。というか、来たらすぐに見ようとしていた。街の雰囲気に呑まれて忘れかけていた。
「レナード兄様、広間に行きたいです。どうしても見たいものがあります」
ちゃんと呼び方を兄様に直した。言葉遣いもそれらしくした。お兄ちゃんと呼ぶのはこの歳になって子供っぽいし、魔術の名家と名高い家の娘がそんなんじゃいけないし。スレイブ家の名を背負う以上はちゃんとしないとね。
ちなみに貴族ではないとしても名家の令嬢だし……。
「分かった。時間はたくさんあるし寄り道するか」
やったー!!
一人で行ってもいいかなと考えてたんだけど、初めての街は迷子になりそうだったので凄く助かる。
あら、意外と私は近くにいたのね。
すぐに着いた。
「すまないが僕は買いたいものがある。ちょっとここにいてくれないか?」
「了解よ!」
「ここにいろよ。絶対動くなよ。迷子になるから。幼いころも勝手に森を探検しはじめて迷子になったことがあっただろう」
「大袈裟ね。もうそのときより大人だし、子供じゃないんだから無闇に移動しないし、動いたとしても迷子になんてならないわ」
心配しなくても動かないわよ。多分ね……。
そんな兄様を見送って広間に目をやる。
探していたものはすぐに見つかった。
古い古い銅像。
設置されたのは五百年くらい前らしい。
それでもここにあるのはそれだけ影響力があったことを示している。永い年月で全然劣化していないのは保護魔法がかけてあるからだ。
見覚えのある顔立ち。長めの前髪に、切長の目。間違いようもなく彼だ。近寄って観察する。
アルキオネ•グラファイ。十三代皇帝。
説明書きの銅板には、彼を讃える文と共にそう彫られている。
その文字を指の腹でそっと撫でた。
古びていても確かに刻まれている大切な人の名前。周りにはたくさんの花。数多くの人に参られているようだ。
そうよね、ガイドブックに載るほどだもの。人気なのよね。
生没年から長生きしたことも読み取れた。
ということはあの戦争は勝ったのよね。
説明では生き残ったのは彼と数名の家臣のみだったらしい。
皇位継承権や他国の侵略が入り乱れ、混沌とした争い。
生き残ったのね。
そっか、皇帝になれたんだ。
歴史書には書いていたけどここでようやく実感出来た。その後、一度たりとも彼が戦争をしなかったことも。
アルキオネ様……。
この銅像があるこの国に生まれてよかった。
ここはアルキオネ様の国。
彼が産まれ、生きてそして守った土地。
「……お前、大丈夫か?」
低い男性の声に声を掛けられた。