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アルファイドside

俺の唯一はリンだけだ。

今も昔も変わらずずっと。


リンが倒れた。

戦いとはそういうもの、なんて言い訳はしない。放った攻撃魔法が肩を抉ったときに無理にでも中断すればよかった。リンの性格なら中断なんてしてくれなさそうだが。


リーンが目の前のベッドに横たわっている。

もう二日も目を覚まさない。

俺はその間ずっとそばにいた。

フィータネが治癒してくれたので命を落とすことはない。だが、レベル6ではエスシャルムの毒を解毒するにはギリギリだった。レベル6はフィータネが使える限界。あの場にいてくれなかったら。確実にリーンは命を落としていただろう。

これほど自分が解毒魔法を使えないことを恨んだ日はない。


こんなことになるなら習得しておけばよかった。

リーンが薄っすらと汗をかいているのがわかる。

エスシャルムの毒は辛い。最初は身体が麻痺するだけだが時間が経つにつれ内側から身を引きちぎられそうな痛みに変わる。初めてならなおさらだろう。

これは学園で学んだからではなく身をもって体験したことだからよく知っている。

目を閉じると今でもあのときの光景を思い出せる。あの、苦く悲しい光景を。


それは一日で唯一、王族が揃う夕食でのことだった。自分にとっての家族が集まることもあってその時間は嫌いではなかった。

ところがある日のことだ。

食後のデザートを口に含んだと途端、違和感を感じた。違和感の正体は苦み。    

果物とはこうも苦みを感じるものだろうか。

しかし、口に含んだものを吐き出すのは王族がするにはマナーが悪い。

きっと体調を崩しているから苦く感じたのだ、この後はすぐに休もう。などと考えていた矢先、まさか強制的な眠りにつくことになろうとは思いもよらなかった。

異変は苦みを嚥下してしばらくしてからだった。


「ゲホッゲホッ」


苦みを緩和させるため飲んだ水に激しくむせた。

後に、毒のせいで喉の筋肉が麻痺していたのだと知ることになる。

そして襲ってきた全身の激痛。

訳が分からなくて、冷や汗が出て、怖くて、焦って、救いを求めた。救いを求めたのは正面に座っていた自分の母、王妃。


「母…………う、え」


苦しくて息もまともに吸えない中蚊の鳴くような声で必死に呼んだ。

だが、その目はとても自分の産んだ子供に対するものはしていなかった。まるで汚いものでも見るような冷淡な表情だった。

元来自分を愛している母上に嫌われているわけがない。

そして意識を失う前に確かに聞こえた。


「汚らわしい血のような瞳で私を見るな。お前の呪われた瞳で私まで呪われたらどうしてくれるというの」


それから数刻後、目を覚ました。

王族には幼いうちから毒に慣らされるしきたりがある。命を狙われやすい王族は毒に耐性をつけなければならないそうだ。王族で解毒魔法を使える物が少ない。必要がないからだ。

そして深夜の自室。本来ならば静寂に包まれているはずの空間に気配があることを察知する。気配は枕元。ランプも持たず部屋に入ってきた人物は俺が目を覚ましたことにまだ気が付いていない。

俺はそれまで寝ていたこともあり暗闇でも侵入者の顔がよく見えた。

侵入者の顔にはひどく見覚えがあった。

なんだ、やっぱりあれは悪い夢だったんだ。だからこうして心配してお見舞いにも来てくれた。

ところが侵入者は謎の小瓶を口元に近づけてきた。

それを見て、淡い期待が崩れ去って跡形もなくなる音がした。そして、疑いは確信に変わる。

俺は迷うこともなく侵入者の腕を掴んだ。

不思議だ。人は怒るとお腹の底が熱くなるはずだ。

なのに、今は頭の奥に冷水が流れているようだ。


「何をしているのです母上」


侵入者は俺の母上だった。

そこでようやく、母上が夕食で毒を盛った犯人だと気づいた。

起き上がり小瓶に手を伸ばした。なかなか手放そうとしないので、力ずくで奪う。

蓋はすでに開けられていたので、そのまま鼻を近づけて匂いをかぐ。

その独特な甘い匂いには覚えがあった。

エスシャルムの毒。

夕食で盛られたのも恐らくはこれだ。毒に慣らされた俺ですら倒れるほどだ。おそらく、致死量の何倍もの量を摂取させられた。


「母上、なぜこれを?」


 答えの分かりきっている問をしたのは多分弁明が聞きたかったからだ。自分に聞かせるための言い訳が欲しかった。


「うるさいうるさい。お前に飲ませるために決まっているだろう。お前など私の子供じゃない、産んだ覚えもない」


母は嫌うどころか俺を嫌悪しているようだった。それどころか自分の手を汚してまで消そうとしていたのだった。


「お前の瞳が血の色のせいで、私は王に不貞を疑われているのよ。その呪われた瞳のせいで。どうして私の色も王の色も受け継がなかったのよ」


 それは俺のせいなのだろうか。

 俺は、呪われていてそのせいで毒を盛られることになったのだろうか。

 そうか。この瞳は呪われているんだ。


「しかも、強力な毒を盛ったのにまだ生きているなんて。この化け物が」


俺は、化物なのか。

いつか絵本で出てきたような、みんなに危害を加えるような異形の姿をした、あの。

人である母上の子ではないのか。

なら嫌忌されてもしかたないな。


理解した途端、俺は母上に、王妃に突き飛ばされた。

去り際に見えた横顔。その顔のどこにも今まで向けてくれていた優しい表情は見当たらなかった。

ただ、嫌悪、憎悪、厭悪が浮かぶのみ。

俺が自分を呪われた化け物だと知った日。

それはリンと出会うよりも前の、十歳の誕生日を迎える日のこと。



その後の戦争で出会った少女がリンだった。

リンは俺を化け物とも呪われているとも言うことはなく、代わりに綺麗だと言った。

あの、俺自身が自分を嫌い孤独を感じていたときに。

それがどれだけ俺を救ったのか君は知らないだろうね。


リン。他のことなんてどうでもいいんだよ。俺にとって、あの時も今も生きる理由は君だけだ。だから早く。早く目を覚ましてくれ。まだ生きていると実感を持たせてくれ。


舞踏会で城から離れた後は鎌をかけていた。すこし意地悪をした自覚はある。だが、反省はしていない。ゆっくり距離を詰めていて別の誰かにリンを取られるのはいやだった。それだけは避けなければならない。

回想を終えてもまだ眠ったままのリーン。


その手をそっと握る。

暖かい。

それに安心する。大丈夫、ちゃんと生きている。

安堵のため息をついた。

そして気が抜けたのか、リーンの手を離さないまま眠りの世界に落ちた。

 




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