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「婚約者候補のリーン・スレイブだ」
「お初にお目にかかります。リーン・スレイブと申します」
やってきたのはソファーとテーブルのある、王宮にしては小さめのこじんまりとした部屋。
王妃が座っているソファーに案内され許しを得て座る。
正直に言おう。すごく緊張している。 召し使いの男性がお茶を用意してくれたけれど、その動作すら美しいもので圧倒される。
「この子があなたが選んだ候補なのね?」
そう鋭い声で言った。
思わず背筋が伸びる。
「はい」
役だけど……役だけれど迷いなく言われると少し恥ずかしい。背中がくすぐったいような感覚がする。
「そう、ならいいわ。そうね、リーンさんだけ置いてアルファイドは席をはずしてくれないかしら。この子と話がしたいから」
えっ!え!!私、一人になるの?
「しかし」
「命令です」
いや、待って!?
私は庶民よ。あくまでも婚約者候補役。
一人でうまく出来るとは思えないわ。待って。
救いを求めてみるけど命令には逆らえないようだ。
申し訳なさそうな顔でこちらを見る。
口パクで「す ま な い」と。
「承知いたしました。母上」
申し訳ないなら承知するなー!
えっ、ほんとにいなくなるの?
無情にもその背中は遠ざかり、扉の向こうに消えていった。
残ったのは庶民と高貴な王妃様。
あとは紅茶をいれてくれた召し使い。
はて?なんだか雰囲気が変わったような。
「疲れたわ。リーンさんも疲れるでしょう楽にしてねー」
「は、はぁ」
急に気安くなった。
「あなたは婚約者候補役なのでしょ。それくらい見分けられます」
「王妃様、申し訳ありませんでした」
どうしようとか、誤魔化さないととか一切なかった。
これは確信を持った人がする目だから。
「謝って欲しいわけではないの。それに、役と分かったからこんな態度になった訳じゃないのよ。家族にはみんなこうだから。ずっと仕事モードだと肩凝るのよ。そもそも人と関わるのがそんなに得意ではなくて」
王妃って仕事の役職名みたいな扱いなんだ。
「はぁ……」
気の抜けた返事。だけど、どうすればいいのだ。
「あの子……アルファイドのことね」と王妃は語る。
「役であっても誰かに頼むことはなかったのよ。頑なに婚約者も婚約者候補も要らないの一点張りで。きっとあなたは他の人とは違うのでしょう」
「それは違いますよ。私はアル……じゃなくてアルファイド殿下の学校でのペアだから頼みやすかったのだと思います」
否定すべきところは否定しておく。変に勘違いされてもアルに申し訳ない。
「んーーー、リーンさん。あなたはアルファイドが好き?」
「……」
答えられなかった。
なんと答えても嘘になる気がして。
「じゃあ嫌い?」
「いいえ!」
かといって嫌いかと聞かれれば即答で否定するくらいには仲良しになれたと思っている。
「ふふっ、そうなのね」
嫌いでない、の意味をどう捉えたのか紅茶を一口飲み笑う。その仕草はとても洗練されていた。
私もせっかくなので一口飲んだがものすごく美味しい。何これ、紅茶ってこんなまろやかな飲み物だったっけ。
「あの子には王族として今まで多くの我慢をさせてきたの。だから恋くらいさせてあげたかったのだけど、婚約者候補すらなかなかみつけてこなくてね。そんな時、あなたが現れた。代役すら選ばなかったのに初めてなのよ」
「その……一つよろしいですか」
どうしたの、と先を促され王妃様に質問をする。
私は役で、例え話に過ぎない。
だけど……。
「例えば私がアルファイド殿下と恋をしたとします。ですが私は魔法の名家に生まれただけで、魔法科最下位のなんの取り柄もない人間です。貴族でもない。そんな小娘が王族と一緒になれるわけありません、よね?」
自分でもなぜこんな質問をしたか分からない。絶望する答えが返ってくると分かっているのに。なにより自分には慕っている人もいるのに。
言葉の途中でだんだん俯いてしまったくらいだ。
「別に気にしないわよ、そんなの」
軽すぎる答えに再び顔を上げる。
「私、恋愛結婚なの。元々は王族とは程遠い地位にいたのよ」
「嘘だ。そんなに洗練された動きなのに!?」
思わず考えがそのまま口から飛び出た。
「意外かしら。だから、自分の子にも自由にしてほしいの。責務からは逃れられなくてもせめて結婚相手くらいは。上の子、アルファイドのお兄ちゃんね。その子は自由すぎるくらい自由にそだったのだけど、アルファイドは昔から大人びたところがあってね。他の子が歩き始めるころに歴史書をよんでいたりしたわ」
幼少期に歴史書。
それは私でも適わないはずだ。
「まぁ、つまりね。私は役だと思っていない。それでもあなたが身分差を気にして自我を抑えようとするなら、全くもって無駄だからって伝えたかったの」
ふふふと上品な笑いをして、卓上のお菓子を包んでくれる。
「はい、お菓子好きなのでしょう?さっきもマカロンを美味しそうに食べてたものね。私がここで気を楽にしてと言ってもすぐにリラックスなんてできるわけないものね。それなら喉にものが通るようになってからゆっくり食べてちょうだい」
「ありがとう、ございます」
「不審者がらないでね。あなたがお菓子を食べるところを魔法で透視してただけだから」
水晶玉を指差して言った。なるほど。やたら存在感のあったそれは、ただのインテリアではなかったらしい。
どこから見ていたのだろうか。
「あなたがアルファイドの瞳色のルビーをもらうところからかしら」
それって最初から全部じゃないの!
そして、私が気にしないようにしていたことをあっさりと口にした。
やはりこのルビーはそういう意図で……。
「じゃあね、また逢いましょう」
また……。
前にもだれか似た人とこんな会話をしたような。
会話は終わったらしいので「失礼しました」とお辞儀をしてから部屋を出た。
どうやら王妃様はこの後も予定があるらしい。そんなに忙しいのに息子の子とまで気にかけるなんていいお母様ね。
部屋に残った王妃は、リーン・スレイブの後ろ姿に静かに微笑んだ。
「恋をしているのねあなたは気づいてないでしょうけど。素敵ね、あなたもそう思うわよね」
クッションを抱えて一人で恋バナの妄想をして盛り上がっていることは彼女ともう一人しか知らない。
「そうだね。僕の作ったお菓子も紅茶もあんなに喜んでくれる子はなかなかいないさ」
召し使いの服を着た男は満面の笑みで答える。
「あなたはそれが基準なのね」
恋バナ好きな女性と召し使いは、いや王妃と国王は笑い合う。
「アルと略称で呼ぼうとしたら私は怒られたけど、それを許してもらえるなんてやっぱり運命ね。瞳の色の装飾品をあげてるし、石言葉は情熱的な愛だし。うんうん」
クッションに顔を埋めて「萌えるー」と叫んだ。
「若いっていいわね~」
恋バナ好きな王妃とお菓子作りが趣味な国王はまた、冷静を取り戻して次の来客を部屋に迎え入れるのだった。




