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そして来てしまった。
ただいま王城の真ん前。会場に入る前にここでアルと待ち合わせしている。
本日はアルとペア。いつもの意味合いとは少しだけ異なるペア。
闇に紛れる漆黒のドレスを身に纏い、髪は緩く結い上げている。いつもと違う装いをするだけでこんなにも気分が上がるなんてね。
「こんばんは。リーン嬢」
声をかけられ振り返ればそこにはお馴染みの顔があった。気取った言い方を茶化してやろうとして、思考が意思のように固まる。
同じなのだけれど違った。
タキシードを着た彼はとても大人びて見える。
少し、かっこいいかもしれない。
なぜか気まずく感じて目をそらしてしまった。
そして突然いい匂いがした。アルが近寄ってきたのだ。それもかなり近くに。
首に手を回して。
「あ、あアル!?何を」
「ちょっと待て。もう少しだから……よし、出来た」
胸元に重さを感じて手を当てると固いものが当たる。
「……?」
「ルビーだ。リーン、今日のお礼とでも思ってくれ。受け取れないとか言っても聞こえないから。素直に受け取れよ。ルビーはお前の誕生石だ」
そうなの?
あまり興味なくて誕生石とか石言葉とか詳しくないのよね。
絶対意味があるのだろうけど、ルビーの石言葉って何かしら。
でも、銀の細工に縁取られたそれはとても美しい。深い赤を引き立てるような繊細さ。それでいて目を離せなくなる。
そして返そうと思ったのに口に出す前に断られた。宝石なんて高価なもの私には釣り合わないのに。
「私、あなたに誕生日なんて教えたかしら」
「スレイブ家に聞いた」
なんといつの間にか家にまで連絡が。
わざわざ家に連絡して誕生日を聞くなんて。変な勘違いされてないといいけど。
「まぁ、誕生日だけがその石を選んだ理由ではないのだが」
ボソリと呟かれた独り言を聞かないことにするのがいいと判断する。
黒いドレスに赤い石。
その意味を理解していない訳じゃない。だけど、勘違いだと心に言い聞かせ、あえて気がつかない振りをした。
だってそうでないと私の胸が持ちそうもない。
なぜこんな気持ちになるのだろう。
今まで横抱きにされても何も感じなかったのに。
きっと、服装が違うからね。
そういうことにしておこう。
「ここまで来たらどうせもう誤魔化せないし、名前を言っておこう。俺の名はアルファイド・グラファイ」
その時の私は淑女らしくもなく口を開けたままにしていたのだろう。
だけど、それに気がつく余裕などなく。
グラファイといえばアルキオネ様の家名と同じじゃないか。そしてアルキオネ様は王家だった。
彼はアルキオネ様の血を引く者。
ということは。
「この国の王族が一人、第二王子をやっている」
「王子様!?」
うん、ヤバい。
アルキオネ様の血縁だとか考えてたけど、それより身分のことを先に気づくべきだったわ。
これまでの行動を思い返してヤバイものしかない。ヤバイくらいしか語彙がなくなるくらい。
まず、実習のとき指図したし、横抱きで運んでもらったし、授業のときだって……。
もろもろ詰んだな、と。
「不敬罪確定だわ……」
「そこなのか。驚くより変なところを気にするのはリーンらしいね」
今日の私は思考が明後日の方向に進んでばかりだ。自覚はある。
「あ、そっか。普通は驚くとこなのね。ちょっと己の行動を振り返り羞恥心にかられていて。無知って怖いですね。そういえば、周りはあなたのことを見ていたような。もしや知っていた?私だけ知らなかったとか。法律で王族と同じ名前をつけることは禁じられていたわよね。ああだからね。みんなアルファイドの名前だけで分かったんだ。とすれば私だけじゃないの。私だけ不敬な態度を取り続けていたのね。不敬罪ってどんな罰だっけ。確かかつては国法第三十条より……」
「ちょっと待て。さっきから思考が駄々漏れだ」
「ええっと、だって」
「今は国法なんて言わないしな。国法はもう数百年前に廃止されている。そこで問題だ」
「はい」
以前勉強を教わったときのように切り出され返事をしてしまう。
そして、国法は時代遅れらしい。今はなんだっけ……あぁ帝国法ね。
「帝国法第二十七条の内容を覚えてるか?」
「王族のものは一定の期間、国民の通う学校に通うべし。その間待遇は他の生徒と同じものとする。同じ学校の生徒となったものは皆等しく接するべし。だよね?」
頷いた。正解らしい。
「落ち着いたか?」
「ええ。なんだかいつも通りに戻った感じ」
「不敬罪にはならんから安心しろ。にしても、普通は罪とか気にする前に、王族というところに驚くんじゃないのか?」
多少はそりぁね。
王族云々にももちろん驚きはしたよ?
でも、不敬罪の方が気になったのだから仕方ない。
「言葉遣い改める?」
「そのままで。というか最初で気がつかなかったのは初めてだよ。アルファイドって言ったのに、俺もまだまだ知名度が低いね。頑張らないとだ」
「ああ、まぁ」
曖昧に濁しておいた。
私のような平民にとって、貴族だの王族だのどうでもいい遠い世界のこと(のはずだったの)だ。
名前など知るはずもない。そう言えば傷つけそうだったので濁して正解。
「ですが、舞踏会中は敬語を使わせていただきます。貴族の方々に白い目で見られるのは厄介ですので」
それから、と付け加える。
「貴族のダンスなんて踊れないし、礼儀作法も分からないわよ?」
「そこは責任を持ってリードさせてもらう。それよりも出てくれるのか。面倒事は嫌だと言われるかと」
自分から言い出しておいたくせに心底驚いたという顔で見られる。
「一度約束したことだもの。本音言うと貴族とパートナーとか過去最高レベルでめんどくさそうだし逃げたいなー、とか思ってるわよ。だけど舞踏会楽しそうという興味もあるし、抵抗してもどうせ結果はかわらないのでしょう?」
「まあ、そのつもりで色々対策しは用意していた」
「対策ってテストなの?テストかなにかだと思ってるの?」
ほら、やっぱり。
逃げても脅しかけられたり、物でつられたり、結果は同じになるように仕組まれてるじゃない。
それなら最初から従ってがってしまった方が楽だ。
どうせアルは学園でペアなんだ。不仲になったらそれこそ授業が面倒。
さっきから面倒面倒といっているが私がずぼらな性格なことは否定しておく。
上手い話には罠があるとはいえ、大罠だったわね。
第一王子の婚約者候補。
嫉妬されたりするイメージしかわかないのだが。
学校で女子からいじめられたりしないわよね?
まあその時はその時でなんとかなるわよね。うん。
アルはスッと手を差し出してくる。
私のよりずっと大きな手だ。
「リーン・スレイブ嬢。今宵、あなたをエスコートする栄誉をもらえますか?」
「はい。アルファイド殿下、喜んで」
自分の手を重ねる。
ここからは戦場だ。といっても命を狙われることはないだろう。
することは二つだけ。会場でアルとダンスを三曲踊ること。それから王妃に会うこと。
第一王子の婚約者候補役を演じ切らなければならない。難易度は上がってしまったけど、なんとかなるだろう。
せっかくなのだ。一夜限りの夢を楽しもうじゃないか。
「アルファイド殿下及びリーン•スレイブ嬢ご入場」
その声と共に扉が開き眩しい光の溢れる空間に足を踏み出した。




