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「婚約者候補役、ね……」


あれから数日が経った日の放課後、寮のバルコニーから夕日を眺めていた。


アルに提案された話を短絡的にまとめる。

曰く、家が婚約者の候補を探してこいと言うらしい。しかし、まだ婚約したくない。だから婚約者候補のふりをして欲しい、と。受けてくれるなら私の名前を記入した招待状をくれるらしい。

婚約者、しかも候補であって結婚には遠いのだからそれくらい受け入れればいいだろうにそれも嫌らしい。

話を聞く限りアルも大変なのでしょうね。貴族は大変ね。結婚相手も決められるなんて。親はもっと苦労しているのでしょう。候補なんて探させるくらいだし。

そしてアルが何故婚約したくないかは聞かなかったが、とりあえず私に利しかないような話だったので受け入れた。

大事なことなので二度言うが受け入れたのだ。


今となっては軽いノリだったとしか考えられない。深夜テンション、いや黄昏時テンションだったのだ。

人間とは夕方から夜に移り変わる時に判断力がもっとも鈍る生き物だ。

だか、今考えるとやはりフリといえど婚約者候補って大役じゃないか。彼がどれほどの貴族かにもよるが子爵でも男爵でも、噂話好きな令嬢方にとって格好のネタになるだろう。

なんてこった。


それに貴族のマナーとか何一つ知らないのに。

とりあえず家に連絡したら、『舞踏会ガンバ!!』の一言で終わらせられた。しかもどこにそんなお金があるのか豪華なドレスまで送られてくる始末だ。

ドレスと色は夜闇のような黒。普通はピンクとか青とか華やかな色選ぶよね。なのにどこかで情報を仕入れたのか、それともたまたまなのかアルの髪色と同じだ。


これ着るの?

確かに生地は絹の着心地の良いものだし、デザインは露出の少ない上品なもので、王城に着ていくにはピッタリだ。

だが、恥ずかしい。

私がアルを意識しているみたいじゃないの。貴族の文化に好きな人の色の服を着るというのがあるらしいし。

ふと背後に、背後というよりその少し上に気配を感じた。

反射的に後を向いて身構える。


「誰?」


ここは五階で気配があるのは屋根の上。怪しいもの以外の何者でもない。


「へぇーお嬢さんは気付くんすか。まさかこのタイミングで気づかれるとは思わなかったっす。気配消してたのにすごいっすね」


屋根から降りてきた赤髪の男。

チャラい。

耳にピアス開けて金のネックレスしてる男はチャラいと相場が決まっている。


「ぜんっぜん怪しいものじゃあないっすから、安心して下さ……ぎゃあ」


怪しいもの以外の何者でもない。

チャラ男っぽいくせ者の背後に回り込み、勢いよく腕を捻りあげた。不審者はとりあえず拘束すべし。

ちなみにこの護身術は前世で師事した剣の師匠から教わったもの。師匠流で世間に流通していないので逃れられる人には会ったことがない。これをしておけばひとまず安心安全。


「痛たたっ。ちょっ、やめてくださいっす。お姉さんなんでそんなに強いんすか!?気配も気付かれたし何者っすか」


前言撤回だ。

こんな弱いのが怪しいもののはずがない。私を殺るならもっと強いものでないと。


「あれで気が付かない方がおかしいわよ。あと、強くはないけど護身術にちょびっと詳しくて」

「ちょびっと?これでっすか?」

「私を殺るつもりなら弱すぎるわよ」

「殺る!?なぜにそんな話になるんすか。ごく一般の女学生を殺るヤバい趣味は持ち合わせていないっすよ」


それもそうかと我に返る。

今世はまだ誰かの標的になるような行動もしていないし立場にもなかった。

でもそれなら余計に何の用があるのか。


「弟よりも敏感すね。弟は気配に気づいてもいきなり締め上げたりしないっす。それよりも届け物があってきたんすよ」


 弟が誰のことか知らないが、男の人と比べるのはやめてほしい。


「……届け物ねぇ」


届け物とのたまいながら爆弾を投げつけてくるかもしれない。更に捻りを強くした。


「いたっ、痛てて、痛っ。ホントに届け物!手紙っす!!アルファイドからリーン・スレイブに宛てて。痛いっ」


もう一段階強くした。

私の名前を知ってるのね。弱いと見せかけて油断させる手かもしれない。情報を持っていると言うことはやっぱり不審者。


「痛いっす。本当なんすよー。信じてください。自分はアルファイドに仕えてるものっす」


だけどまあ、このままでは埒が明かない。

気を抜かないまま腕を放してやる。

届け物でもここは女子寮で男子禁制なのだが……。


「はい、どうぞっす」


白い封筒だった。

差出人はアルファイド。ここでもフルネームでは書かないらしい。

封には赤い蝋に、王族の紋。

紋が本物かの見極めかたは家で教えてもらっているので、この手紙も本物で間違いないだろう。

とりあえず手紙が本物なのは確認できた。しかし不審者が不審者なことに変わらない。もう一度拘束しておく。


「ぎゃっイタい」

「で、なんで王族紋が?」

「あー……。アルファイドのことどこまで知ってるんすか?」


失礼にも質問で返してきやがった。


「アルのことは何も……何も知らないわ」


名前すらもね。


「黒髪に赤い瞳を持ってることと……それだけ」

「略称……。ところで彼のことをどう思うっすか?」


婚約者候補のことについてかしら。

あれはあくまでも役だし恋愛云々を聞かれてるなら答えようがない……。


「じゃなくて単にアルファイド本人についてっす」


なんだ。

事情を知っている人か。

どうって、ホントになにも情報ないし。

同じクラスで、ペアで、剣が苦手で、そのくせ魔法は得意。決して私を置いていかないし……。

あとは貴族っぽいことくらい。

これでは事実であって思考云々が関係ない。

アルについてか……。

何もかもを知らないけど、そうね。


「最近、ときどき懐かしく感じることがあるかも」


出てきたのは、ときどきとか感じるとか、かもとか、不確定要素だらけの言葉。

その内容に自分すら驚いている。

気のせいだと言われれば肯定してしまえるような些細なもの。

それでも男は何かに納得したように頷いた。


「そうっすか……。ああ、王族紋のことっしたね。舞踏会は王城で開かれるっす。だから招待状全てに紋が付くんすよ」

「で、あなたはアルの側近」

「そゆことっす」

「勘違いしてごめんなさい。不審者だと思って」


素直に頭を下げて謝った。ただしまだ拘束している。ここまで来ると離すタイミングがつかめなくなった。

この男性も、手紙を届けに来ただけなのにまさか攻撃されるとは思わなかったろう。護身術はそこそこ痛いからね。


「警戒心は強い方がいいっすよ。あまり強いと孤立するっすけど。信頼と警戒、二つを両立させるなんてムズいっすからねー。じゃあ用も済んだし帰らせて貰うっす」


言ったと同時に男は拘束、もとい護身術からすり抜けた。要するに最初から護身術は効いていなかったのだ。

師匠から教わった術が効かないとはそっちこそ何者だよ。

護身術から逃れそのままひょいとバルコニーの欄干に飛び乗る。


「あ、あとお嬢さん。無意識でしょうが身のこなしがとても綺麗なんでマナーとかのこと心配しなくていいっす。杞憂っすよ」

「……へ?」

「そいじゃあ、またいつか」


そして飛び降りた。


「また……って、ちょっとそこは!!」


ここは最上階である。

五階から落ちて無事でいられる訳がない。

慌てて下を覗き込むがそれらしき人影はどこにもない見当たらない。

おかしいわね。

にしてもどうして私が懸念していることが分かったのか。どちらかと言えば側近よりも隠密のほうがしっくりくる男だった。






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