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頭が痛い。少し、頭の整理を兼ねて昔話をしよう。
まず、あの後悔をして死んだのは確かに私だった。
前世の記憶で思い出せる一番最初は戦争だ。
人がたくさん血を流していたこと、倒れて動かない人がいたこと。爆弾の衝撃、火薬の煙とその匂い。うめき声。
地獄と言うに相応しい光景だった。
戦争で親を失い、孤児だった私は行く当てなく彷徨っていたのだが、その先で襲われそうになっている人を見つけた。
そして助けたのだ。その人の名前はアルキオネと言った。アルキオネ様はみなしごに居場所を与えてくれた。
何か私も役に立ちたい。
同情や感謝だけで置いて貰うわけにはいかないと焦り、悩み、彼を守れるようになればいいのだと思い至った。
それから頼み込み、剣の師をつけてもらってから数年。毎日休むことなく剣を振り続けた。途中で師匠にこれ以上は何も教えられないと言われてからもずっと一人で訓練してきた。女でなければ一般の訓練に参加できたのにと歯痒かったが頑張った。
そして、ある日「貴方を守らせて欲しい」と懇願し、その願いは思ったより簡単に聞き届けられた。
私は晴れて側仕えから、アルキオネ様の従者となったのだ。
これで剣を持ち、守りながら側にいられる。雑用をするだけなら側使えでも良かった。でもそれでは剣は持てなかったから。雑用なら誰でもできる。多分、あの頃は替えの少ない地位について安定した居場所が欲しかったのだと思う。それに雑用をする側使えでは戦地までついていけない。
それからどこでも護衛をするためついていった。戦争、地方の訪問、他国での外交、戦争。
数百年前は戦争が多くて、私たちは戦地で背を守りあい戦った。普通、立場が上なら守られるだけだろうにアルキオネ様は自ら戦っていた。
彼の武器は魔法。
ある時は火の花弁を踊らせ、あるときは風をも裂く氷の刃で敵を切り裂いた。
でも、そんなアルキオネ様にとっても、記憶に残る最後の戦争は多勢に無勢過ぎた。アルキオネ様は魔力を私は体力をかなり削られた。最終的に私達二人しか周りにいなくなり辺りは死体だらけ。生きている人は見当たらなかった。
そこで気を抜いてしまったから……。
アルキオネ様の背後を狙う敵に気がつくのが遅れてしまった……。
敵は死んだふりをしていたらしく、地から起き上がり背を刺そうとしていたのだ。卑怯だがそんなこと言ってられない。戦場では最後に生き残ったものが勝ち。
剣を抜いているのでは間に合わない。だから、私は自らの身を盾にした。その剣の前に身体を持っていったのだ。
自重しろ、と彼なら怒るだろうけど仕方ない。だって考えるより先に勝手に身体が動いてしまったのだから。
相手は彼を刺せず私を刺して戸惑った。急いで剣を抜こうとするがそうはさせない。お腹に刺さった剣を素手で掴み動かせなくしてから私が間髪入れず刺した。
互いから血が出て崩れ落ちる。
立っていられないほどの目眩に襲われ、お腹が経験したことないほど熱かった。痛いを通り過ぎると熱く感じるらしい。
いや、正確には私は崩れ落ちていない。
彼に支えてもらったから。
その日は雨が降っていた。流れた血を洗い水たまりを作る。
全く、私は不甲斐ない。守るべき従者が、主に心配をかけてどうするのだ。
なのに、あなたはなんで泣いてるのかな。
私は泣いてもらえるようなことしてない。何もしてない。むしろいつも守ってもらって。
あなたは守られるべき立場なのに。
優しい人、どうか泣かないで。
きっとあなたは一人でもこの戦況を変えてしまえる力を持っているから大丈夫。
彼に抱きしめられて抱き返そうとしたのに、命の灯火はそこで消えてしまった。
今までありがとう。名前をくれてありがとう。居場所をありがとう。側にいさせてくれてありがとう。
あなたが、大好きでした。
言おうとしたことは一つも紡げなくて届かなかっただろう。
幸せな人生だった。
唯一の心残りはあなたを最後まで守れなかったことだけ。
そして私は再びこの世界に生まれた。
一つの大きな大陸のみから成るこの世界に。一つの大陸……前世ではもう一つあったはずだが。私が敗れ、死した国が。
疑問があったけど、それを深く考えることは出来なかった。何しろ自分の死に目を思い出したのだから。
もう、生まれ変わったんだし問題ない。なんて追憶してみたけど、やっぱりダメだ。
涙が目から溢れてしまいそうで。
「アルキオネ様……」
声に出たのはすがるようで頼りないもの。安心するために声にしたその名前は、涙腺を崩壊させる逆の作用をもたらした。
大声で泣けばきっと今の家族に聞こえてしまう。だから、布団に顔を押し付けて泣いた。鳴き声が漏れないよう、嗚咽が漏れないよう。
人生経験は増えた。
だけど精神年齢は今世に引きずられているみたい。思い出す前は子供だったものね。
怖い夢、そう言えば楽だけど紛れもない事実。心に焼き付けて絶対に忘れるものか。
今世こそ、後悔しない人生をおくるために。
だけど、今ばかりは枕に顔を埋める。涙を流して誰にも聞こえないように嗚咽を漏らして辛いことを全部心に押し込めるように。