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夢を見ていた。その夢で、私は行く宛もなく瓦礫だらけの道を歩いている。

足場が悪く何度も転けた。

誰も助けてくれる人はいなかった。


歩いて、転んで、立ち上がって、歩いて、またこけて……。

目的もなくそれを繰り返してひたすらに歩いていた。

辺りは死体、火薬の匂い、原型を留めていない家屋、死体。鼻腔をついていた不快な匂いにももう慣れた。

人間が一番慣れるのが早い感覚は匂いだと読んだことがある。家に置いてあった図鑑で。

そんな絶望を実体化させたような場所を、歩いて歩いて歩き続けた。


「もうむりだよ、もう歩けないよ。なんで、みんないなくなっちゃったの?」


そして泣いて、七歳の子どもには耐えがたい環境の中彷徨い続けて座り込みそうになったとき、その人を見つけた。

黒髪の赤い瞳のその人を。


私と同じくボロボロのぼろ切れみたいなのに、血まみれなのに、それでもなお目を惹き付ける空気を纏う人。幼くて物事をよく理解していなくても、この人がこんなところで死んでいい人でないことは分かる。

まるでこの地獄絵図の中に光が落ちているような。

なのにその人はいまにも斬りかかられて絶命しそうだった。剣を振り上げる人と、自分の両親を殺した男がかぶって見える。

いや、同じ人だ。


咄嗟だった。

地面の砂を握りしめて男の顔面目掛けて投げつけた。

お父さんに習った護身術。

相手は目を押さえて動きを止める、だがそれも一瞬で激昂した男は私に斬りかかってくる。

銀の線が光ってこれは死んだなと思った。思ったのに、私は黒髪のお兄さんの胸に寄せられ守られた。守るためにしゃがんでくれたんだろうけど、相手より低い体勢になって勝てるわけない。

だけど、違った。

このお兄さんは予想外なことばかり起こす。

大きな火柱を出して目の前の男を焼き尽くした。子供には残酷なその光景を私に見せないよう目を覆って。


「お兄さんありがとう」

「君、が……無事で、よかった」


すると目を覆っていた手がほどけてお兄さんは倒れた。

もともと色白なのかもしれないが、これは完全に青白いの域だ。

倒れたのは怪我のせいか、魔力不足か、どちらもなのか。


「やだ……嫌だよ。嫌だやだ、行かないで。みんなどうしていなくなっちゃうの?残していかないで。私は守られてばっかりで、みんないなくなっちゃうの。どうして」


お兄さんの胸に抱きついて泣いた。

そして、ひっくひっくとしゃくりあげた時、頭の方でリンリンと音がなった。 

それは髪留めに使っている紐についた小さな鈴の音。

『どうしてものときは鈴に願いなさい』とお母さんは言ってたっけ。どうしてもって今みたいなことだよね。今しかないよね。

髪と鈴を結んでいる紐をほどくと、いつもはただの銀の鈴が七色に光っていた。

今なんだ。今しかないんだ。

お母さんのときでもお父さんのときでもなく今光った。なんでかなんてどうでもいい。

ただ、


「私を置いていかないで。助けてくれたのに死なないでよ、どうか生きて!」


それは言霊となり、鈴が鳴り響いて辺りは光りに包まれる。

光りと音が収まるとお兄さんはゆっくり目を開けた。


「どうして痛くない。お前は……あぁ、君か。君は側にいてくれたんだな」

「ふ」

「ふ?」

「ふぇーん」


再度泣き出した私は、だが今度は一人ではなかった。そしてさらに激しく泣いた。戸惑ったように頭を撫でる手が優しくて。

しばらくたって泣き止むと、お兄さんは器用にも髪留めで髪を纏めてくれた。鈴は錆びてしまってもう光りはしない。

それでも鈴は、役目は果たしたと誇っているよう。


「もしかしてこの福願の鈴を俺に使った?」

「わかんない。なにもわからなくて、一人になりたくない、置いてかないでって……言った」

「そっか」


まとめ終わると前髪を整えてくれる。なんだかお母さんみたいだな。


「君は……戦争を始めた王族を恨むかい?」

「ううん。だって争いは仕方のないことなんでしょう。それを始めた人と、血縁があるだけで恨むのは違う。けど、お父さんやお母さんを殺した人と、戦争を始めた王様だけは嫌い」

「もし僕が仮に王族って言ったらどうする。それでも王族を恨まないかい」


震える声で聴かれても、幼子の私に真意が読み取れる訳もなく。


「お兄さんはお兄さんだよ?かたきも取ってくれたし、王様と仲良しならビミョーにもやもやするけど、お兄さんがお兄さんであることはかわりないもん」

「なら、問題ないな。俺は王が嫌いだから」

「どうして嫌いなの?」

「王も俺が嫌いだから。俺は……呪われた存在だからね」


あっもしかして冗談でなくて本気で王族なの?冗談だと思ったからドストレートに話してしまった。どうしよう、王様は嫌いとか言っちゃったし、言葉遣いも不敬に当たるのではない?

髪も結ばせてしまった。抱きついてしまった。頭がぐるぐるしてくる。


「君、帰るところはある?」

「ない。みんないなくなっちゃったから」

「俺と来る?」

「行きたい」


王族でもなんでもこの人は優しいから。

いや、一人になりたくないだけだ。一度暖かさを知れば、一人に逆戻りなんて耐えられない。


「危ないかもしれない。命を狙われるかも」

「それでもいい。寂しいのよりもマシだから。一人になるくらいならもう私もみんなのとこに行きたい」


ああ、だからこの人は王族かもしれないんだって。敬語を使わなきゃ。だけど、使い方がわからない。村では必要がなかったから。

だけどお兄さんは気にせず、くすくす笑って名乗った。


「俺の名は、アルキオネ・グラファイ。王にとっとと死ねと思われている第一王子だ」


その笑顔が綺麗すぎて。

私の最初で最後の恋はここから始まった。


「私は……。名前、ない」


名乗られたら返さないといけないと思いつつ、自分の村に十歳まで名前を付けないルールがあるのを思い出し困った。その年まで子供は生きられないことが多いからという理由だ。


「君、その鈴は宝物かい?俺を治してくれた代わりに錆びてしまったけど」

「うん。たったひとつのお母さんの遺してくれたものだから大事だよ。それにお兄さんに生きてて欲しいって願いも叶えてくれたし」


お兄さんはそれを聞いて顔を覆い俯いてしまった。


「マジかよ。福願の鈴だから大事なものだろうけど、そんなに。たった一つって……」


あとから聞くと、これは一度のみ体調不良や怪我を治してくれるかなり高価な魔道具だったらしい。なんで、裕福でもない我が家にあったのか疑問はあるが、家に代々受け継がれてきたものなので先祖さまが何かの褒美に貰ったものかもしれない。


「お兄さんどうしたの?」


俯いて話すからなにも聞こえない。


「ありがとう。産まれて初めてここにいてと願われて嬉しいんだ」

「うん?」

「初めてだったんだよ。目が覚めて誰かが待っていてくれるのは。今まではどれほど危険な状態でも処置だけして放置されてたから。俺はねそのまま死んでも良い存在だった。こんな俺でも生きてて良いんだって嬉しかった。必要としてくれたのも」


私は知らない。

彼がどれほどの重さをもってその言葉を口にしたのかを。


「君のために俺は生きるよ」


どれほど私の言葉が彼に影響を与えたのかを。


「そうだな。じゃあリンにしよう」

「えー短い。もっと長いのがいいよ」


貰ったものに対して、今思えばかなり失礼なことを言っていた。


「気に入らないかい?困ったことに俺には名前のセンスがない。城に戻ったときに別の者に付けてもらってもいいけれど」 

「それはやだ、今のでいい。今のがいい。アルキオネが付けてくれたのがいい!!」

「ならリンだな」

「リン・グラファイ?」


子供は家名のこととか知らない。だけど、結構大胆なこと言ったな、私。


「ファミリーネームはリンの大切な人のために取っておけ」


大切な人。優しい人ってこと?

ならアルキオネのことだよね?


「よっぽどいい人が現れるさ。俺なんか、恐ろしい目目の色だと、親に死を望まれるくらいおぞましい存在だ」

「そんなことない!アルキオネは綺麗だよ。瞳も恐ろしくも、おぞましくもない!」


確かに血も赤い。

けれどアルキオネの瞳は血なんかより透き通った深い赤なのだ。血色?ううん、むしろ紅色と表す方がふさわしい。


「……ありがとう」


そう言った彼の笑顔を瞳を、生まれ変わった今でも忘れていない。








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