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目を開けると見慣れた自室の天井と……お母さん!?お父さんにお兄ちゃんもいる。
「……!!みんなリーンが目を覚ましたわよ。リーン、分かる?お母さんよ」
夢の中でずっと聞こえていた声だ。青い瞳に涙を貯めて私を揺さぶっているのは今世のお母さん。金のストレートの髪を持つ美女。普段は家族の中でもさばさばしているけど、家族の誰かが少しでも怪我をしたり病気をしたらこんな風に取り乱して心配する。
涙が落ちてきた。
そんなに重症じゃないから泣くほど心配しないでほしい。ちゃんとこうして生きていて目が覚めた。戦いで心臓を貫かれたとかの致命傷を負った訳でもないのだ。
なのにそんな顔で心配なんてされたら罪悪感がすごいじゃないか。慰めるため撫でようとしたが残念なことに身体が上手く動いてくれなかった。それに気づかれ余計に泣かせてしまう。
「おはよう。みんなごめんね」
心配かけてごめんね。
「母さん心配しすぎ」
「けど、あなた。丈夫なリーンがこんなに高熱だすことなかったじゃない」
泣いているのは、私、リーンのお母さんだ。
「おはよう、リーン。僕だ。分かるよな??父さんだよ。まさか熱が冷めて記憶を失くしてたなんてことはないよな。そんな話を本で読んだことがあるのだけど。第一声であなたちちは誰で私は何者ですかって全てを忘れた顔して呟くっていう話を。大丈夫か!?」
こっちの息継ぎなしで矢継ぎ早に話したのはお父さん。本が大好きで家に大きめの書庫まで作った。ちなみに、最近はまっているジャンルは小説らしい。
だからか、発言が少し変だったような。
「二人とも結局心配してる。おはようリーン」
最後に一番言葉が短かったこの人がお兄ちゃんだ。そっけないときもあるけど、なんやかんや優しくしてくれる。
私はリーン。そうだ、リーン•スレイブだ。
そしてこの心配の嵐を降らせたのは私の今世の家族。私はこのスレイブ家の一員。
自分が何者か確認して家族の顔を見渡す。
暖かい家族のいる帰るための場所がちゃんとあるのだ。
その事実が何故だかとても私を安心させる。
「おはよう。お母さん、お父さん、お兄ちゃん。私、寝てたの?」
家族曰く、私は流行り病にかかり高熱を出して3日も寝ていたらしい。魘されていたことやその間に特に変わったことはないなど説明された。
なるほど。熱という刺激がきっかけで、思い出してしまったわけね。前世の記憶を。あれは例えるなら記憶が飛び込んできた感じかな。
どうりで長い前世の夢を見るわけだ。
あの夢は私の前世。そこそこ腕に覚えのある女剣士の。
とても奇妙だ。
確かにここにリーン・スレイブとして存在しているのに別の人間としてこの光景を傍観しているような足元がぼんやりする感覚。
「もう大丈夫だよ。問題ない。こうして目覚めたし、どこもおかしなところはないわ。心配してもらえてとてもありがたいの。だけど、起きたばかりで頭が働かないというか。だから、少しだけ一人にしてもらえないかしら」
絶賛混乱中な私はとりあえず、ゆっくり考える時間が欲しかった。そうでないと混ざり合って自分の定義が曖昧になってしまいそうで。
「しかし、リーン」
心配だと眉を寄せて留まろうとするお父さん。
「分かったわ。寝起きでいろいろ言われても理解が追い付かないわよね。というわけでみんな、一旦解散しましょう」
何かを察したのか、普段から勘のいいお母さんがした発言をきっかけにみんなが部屋からぞろぞろと出ていく。もう涙は止まったようだ。出ていく前に一度ずつ心配そうな顔をして振り返るが、結局は全員出ていき扉は閉められた。
訪れる静寂。
それと反対に思考は忙しかった。
目が覚めても最後のところは鮮明に記憶に残っている。目蓋の裏に焼き付いた最期の光景はしばらく消えそうにない。
思い出されるのは最期だけじゃない。
前世と認めたからか思い出そうとすれば昨日のことのようにほぼ全て思い出せる。今は十二歳だが、合わせると軽く見積もっても30年分の記憶を持ってしまった訳で、キャパがオーバーしかけてるわけで、普通の子供が持つべきものじゃないわけで。
なんだか頭痛がしてきた。