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それは明らかに私の魔法でも彼の剣でも倒せない生き物。学校中の先生、或いは王宮に仕える兵士が数人いたなら勝てるだろう。
だが、この森のどこにそんな戦闘力があろうか。
なぜこんな所にいるはずがあるだろう。
本来ならドラゴン自体レアだから、見る機会もない。それに出没したとしても森の奥深くのはず。こんな学校の授業で使うような小さな森に出るなんておかしくないだろうか。
いや、そんなこと考えるのは後だ。
これはきっと死ぬか逃げ切るかの瀬戸際なのだ。
なるほど逃げろの指示は的確だったわ。
だけどホントついてない。
私たちの走りよりも奴の方が圧倒的に早いのだから。
「お前だけでも逃げろ!」
死亡フラグがびんびんに立ったセリフが聞こえて一緒だった足音が一つ消えた。
「何言ってんの?ペアが残るなら私も残るわ!それにそういうのは死亡フラグだから放っておいたらダメって」
「誰情報だよそれ……」
「お父さん。ファンタジックな小説に嵌まってるんだって」
これでも元剣士の端くれ。
剣がないから戦えないけど。
「魔法は弱くたって使えるし、攻撃を避けるのは得意だもの」
「俺らの攻撃が通じるかよ。あいつの鱗は固いんだ」
もちろんあのドラゴンにまともには攻撃が通じないことは百も承知だ。だけど魔物の知識は分かるし、弱点も知っている。回避しつつ、目を潰すことができたらかなり戦闘力は落ちるはず。そしたら、彼を連れて逃げる。視力がなければ追いかけることも出来ないはずだから。
そんな中三つ首のうち一つが私たちを襲ってきた。私は避け、なんと彼も避けることが出来ていた。
「アル凄いわ」
「お前こそ」
前世がある私とは別で彼は戦闘経験なんてないだろうに回避力は同等、むしろそれ以上だった。
何故なら避けた遠心力を使って攻撃するだけの余力を持っていたのだから。
力の使い方は知っている。だけど、とことん剣の才能はないみたいだ。
剣を向けた途端ドラゴンは尾でそれを玩具のように弾き飛ばしてきた。
「うっ、危ない!!」
弾かれた剣が、顔に向かって真っ直ぐに飛んでくる。
うん、避ける時間無さそう。
多分ドラゴンさんは私をこれで倒そうとしたのだろう。それだけ知能の高い魔物だ。表情筋はないけど、嘲笑ってるのが読み取れる。
でも残念、効かない攻撃よ。
迷うことなく柄の部分を掴んだ。
鼻との距離僅か数センチ。
ちょびっとでもタイミングを誤れば大怪我だ。タイミングを間違い刀身を掴んだのなら、剣は容赦なく手のひらを切り刻み血みどろにするだろう。
こんな非力そうな女子学生でも剣の扱いは慣れているのだ。
「「「…………」」」
みんなそれぞれの理由で沈黙した。
ドラゴンは多分、交わすことのできない攻撃をしてやったと思っていて、いとも簡単に剣そのものを掴まれて思考停止している。
アルファイドは剣を掴んだ行動そのものに対して驚いている。
そして、私は、久々の剣の感覚に。
本物に触れたのは、以前命を落とした時以来だったか。
これを使って戦えばきっと被害は最小で済む。
森も、そこに住む生き物も、私も、アルファイドも。最初の目を焼いて逃げる案よりも確実。
こいつは確かに強いけど、全力で挑んで負ける相手でもない。
だけど自分を猜疑している。
それは過信に過ぎぬと。
また守れなかったらと。
冷や汗が背中を伝う。剣先がわずかに震える。
風すら吹かぬその空間でそれぞれが緊張した。
最初に動いたのはドラゴンの方だった。
息を大きく吸い込んだ。
マズイ。
これはブレス、赤い鱗だから火属性。
土すら溶かす炎を吐くつもりだ。
有機物の人間が当たったらひとたまりもない。
対象は私にじゃ、ない?
今の、剣をキャッチした動作で、どれくらい強いかは分からないけどとりあえず危険だから手を出すべきでないと判断されたのだろう。三首とも全て彼を見ている。
ちらっとこちらを気にしてはいるが。
口からチロチロ赤い炎が見えて。
離れているのに凄い熱気だ。
どう動いたか覚えていない。
気がついたら迷うことなく走っていて、彼の前に立ち炎を剣で防いでいた。剣を回すことでブレスを分散して。
ブレス攻撃が終わってから思った。
もっと風で対抗するとか魔法でなんとかできたのではないかと。それももう後の祭りだ。
この技は一流の剣士ですら難しいとされるものだもの。
でも、アルファイドを守れてたことへの安堵が大きい。いくら通常の攻撃を回避出来ても、ブレスは広範囲だ。あのままでは避けきれなかったろうから。
それよりも今は目の前の敵に集中しないと。
この敵の厄介なところは三つの頭それぞれに意思があり、感覚を共有すること。息を合わせてしてくるのも難点。
なら、逆にそこを利用しよう。
幸いこちらも一人ではない。だって彼がいるのだから。
剣を握りなおして地面を思いっきり蹴り走る。もちろん逃げる訳ではないし、こいつから逃げるなど不可能だろう。
首こそ三つあるが他のドラゴンに比べると二回りほど小さい。それは進化の過程で俊敏さを上げるためにそうなったと言われいる。
つまり人間の速度ではかなわない。
走っているのは別の理由。
背後に回り込むためだ。逃げるのは出来ずとも不意をつくために。
それに反応してドラゴンも振り返ろうとするけど私の方が速かった。
遠ざかろうとする尻尾に足を乗せて上へ上へよじのぼる。体を揺すって落とそうとしてくるけど、しっかりしがみついてふるい落とされないよう踏ん張る。
肩まで来たら立ち上がり再び走り出した。
ここまで来たらあとは勢いだ。
ちょうど真ん中の首がこちらを見てきて大きな目が正面に近づいてくる。後を追うように他の首も。
奴には私の次の行動を読まれたらしい。だけど残念ね。もう手遅れよ。
今だ!!
剣を構えて真っ直ぐに右の瞳に突き立てそのまま反対にまで貫通させた。
これでドラゴンは動揺して攻撃してきた相手のこと以外考えられなくなるはず。
案の定残りのふた首がこちらに口を開けて襲いかかってくる。
私は『あとはお願い』という意味で名前を呼ぼうとしあ。
「アルっ……」
キオネ様、アルキオネ様と叫ぼうとした。
そして絶望した。
そこにいたのはアルキオネ様ではなくアルファイドだったのだから。




