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「この問題が分かる者ー。挙手!!」
そこですかさず手を挙げる。
「では、リーン•スレイブ」
「5でしょうか」
答えているのに疑問系になるのは自信がないからである。
先生が頭をかき混ぜて悩みだす。
「うーーーむ。いい間違いをしてくれたね。実に良い間違えである。ここはこうしてだね」
褒め言葉が虚しい。『いい間違い』とはつまり初歩的な間違い。
ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。
この言い方では授業で何回か注意された箇所をミスったのでしょうけど何をミスったかはさっぱり。
あの実技をした日から一週間。毎日こんなんだ。
やる気は出せたのだが、空振りしている。
例えるなら空振りして、バットが手から抜けて頭に落ちてくるよう。
隣から笑い声がしたので、キッと睨んだ。
「笑うことないじゃない。誰でも間違いはあるわ」
「すまないすまない。何度も間違えてるのに、授業頑張ってるなと思って」
「実技は正直言って下手よ。だからせめて努力すればなんとかなりそうな座学をしようとしているのよ」
小競り合いは先生にバレないよう小声だ。
そしてこの一週間で、無愛想に見えたアルファイドは意外と笑い上戸と判明した。
他の人の前で笑わないので人の間違いを笑うのが趣味なのか、なんなのか。
謝りながらやはり笑っている。
だが、笑った後は毎度丁寧にアドバイスをくれるから憎めない。
「ほら、そこもっかい計算やり直してみろ。単位が変わったのに、掛けるの忘れてるだろ」と。
なんやかんやでペアは良好。
「あっ解けた。ありがとう」
「ああ」
彼の教え方が上手いおかげで今のところ、ときどきある小テストも乗り越えられている。
もし入学試験に実技だけでなく筆記があったなら彼は間違いなく上位を狙えたろうに、実技重視だから……。
武力至上主義にも程がある。
だけどそれが現実なら、今ごろ彼とはペアでないし、そうすれば小テスト追試組の仲間入りを果たしてしまうことになっていた。
珍しくペアで別々の授業を受けることもある。
魔法座学、又は剣技座学の時。この一科目のみで、こればかりは専門分野になるので両方学ぶのは難しいからだ。
まだ、基本的なことばかり。
木火土金水風光闇の八属性に分類されそれぞれについて教えられる。
例えば水の魔法の呪文は【ウォーター】で風の魔法は【ウィンド】、火の魔法は【ファイア】があること。国により言語が違うので【ウォーター】が【アクア】となるようなこともあること。意味は同じなので発動する魔法は変わらないらしい。
ちょっと授業が進んできたので魔法レベルの話もした。
レベル1 初歩の初歩。指先に属性魔法をガラス玉の大きさに出せる。
レベル2 生活魔法級。庭に水を撒いたり、廃棄物を燃やしたり、使えると便利になる。
レベル3 弱攻撃級。弱い魔物ならやっつけられる。手のひらサイズの魔球が出せるなど。
レベル4 中攻撃級。一般的な魔物はやっつけれる。大きめのボールサイズの魔球が出せる。
レベル5 強攻撃級。これに勝てる魔物は半分ほど。つまり半分は生き残る。
レベル6 特攻撃級。使えるひとがほとんどいない。使えたら出世間違いなし。大抵の魔物はやっつけられる。無理ならば騎士と連帯せよ。
レベル7 記録(昔話や伝承)のみ残る。今はほんとに使えたの?そもそもあったの?と学会で議論されるほど。あったの?なかったんじゃないの??
レベル8以上 理論上は10まで使えるが過去に使えた人は一人のみ。魔力切れで死にたくないなら、決して面白半分で呪文を使うことすらないように。死ぬよ?うん、ほんと危ないからやめてね。
と教科書に載っている。
あまり暗記できていないけど、とりあえず数字が大きいほど威力が強いということらしい。
レベル7以降の説明、最後の方に書いた人の口調が顕著に出てしまっている。それが真実味を帯びていて怖い。
レベル8なんて絶対に唱えないし、唱えても使えない。それにまだ死にたくはない。
私が使えるのは、どれだけ頑張ってもレベル4が最高。つまり半分以上の魔物に負ける。
それにレベル4だって使えないことないけど、使わない。高確率で魔力切れで倒れるから、その後魔物と残されて命の保証がなくなる。
なんてこった。
「えーおっほん。えー、詳しくは記録に残っていないがかつて一人だけレベル11を使った人がいるらしい。えーおとぎ話に過ぎないとも実話だとも主張されている」
レベル11!?レベル8以上で命が危ないのに。
先生はたまに教科書にないことを話し出したりもする。
「えー、その者は大陸ひとつを消した」
ああ、あれねと一人頷く。
この世界に生まれてきてからずっと謎だった。
私の死に場所である国が大陸ごとなくなっていたのだから。彼の国は大陸丸々ひとつの国だった。この大陸の半分にも満たないがそれなりに大きな国。
そんな大きな国が地図に乗っていなかった。
乗っていないだけでなく、写真すらどこにもないない。
消されてたんだ。
しかし対価は魔力だけでは足りないはずだ。
「えー、その者は代償として、えー、己の魔力に身体を焼かれて死んだ。えー、であるからして、えー身の丈に合わぬ魔法は───」
やっぱり大きな対価があったみたい。
でもなんで大陸なんて消す必要があったのだろう。
それほどの魔法を使える人が興味本位で使う……なんてことはあり得ないだろうし。
大陸の人にとって災難だったろうな。
レベル11とか全くピンと来ない。
私はまだレベル3しか安全に使えない。
でも練習して卒業する時にはもう一つ上の威力のを使えるようにするわ!!
「ねぇ……」
「そんな魔法が使えるなんてすごいわね。私も頑張ったら使えるようになるかしら」なんて、アルファイドに言おうとして辞めた。授業を聞く彼の表情が何か思い詰めなようで、冗談を言える雰囲気ではなかったから。
「なに?」
「いいえ、なんでも。なんでもないわ」
本当になんでもないかったのだと誤魔化しておいた。
たくさんダメダメな教科がある私にだって得意科目くらいはある!!
苦手ばかりではないのよ。
それは地理と歴史。それから公民。
総じて地歴公民と呼ぶ。
歴史はどういうわけか前世で生きた時代が大部分の内容だから。他にも教えるべき時代があるのでは?と思うくらい。
まるッと教科書に載せられた時代を生きて暮らしてきたのだからわかって当たり前。というかもはや当事者。
配られた教科書で自分を見た時は吹き出してしまった。銅像同様にカッコ良くしすぎだったから。アルキオネ様はもちろん私よりもカッコ良かった。元が良いからね!!
地理は実際に行ったところばかりだから暗記しやすい。もちろん前世でね。
でもイラストを見る限り平和な景色が多い。戦争で訪れた時には、どこも焦げて黒いか、火事の火や人の血で赤かったから。
ほんとは綺麗で穏やかだったのね。
この大雪山も平原も。
あらゆるところを訪れる度、無知な私はアルキオネ様を始めとする騎士や近衛隊、従者から土地を学ばせてもらった。
公民という政治の授業については微妙。
主であるアルキオネ様を守るために側に控えて会議や外国訪問を間近で見聞きしたけどよく理解できなかったし、話し合いの内容も、詳しくは守備に集中しすぎで頭に入っていない。覚えていたところで今と政治はかなり相違があり役に立たないことだろう。
だが、まったく政治に関して無知でもないから得意科目としている。
というか、他の教科と比べてまだマシだから得意としておく。
地歴公民だけはクラスでも上位の自信がある。
トップの自信ではないのかって?
そりゃあ歴史や地理に人より詳しくても、上には上がいるのだから仕方ない。
「十三代皇帝、アルキオネ・グラファイが皇子時代に行った際の視察について述べられる者、挙手」
今日も今日とて真っ先に手を挙げる。
こればっかりは正解して当然。
そして、しっかりと先生に当ててもらえた。
「アルキオネはライヌーン公国に特産物に重点を置き視察しました。特産物には主に家畜や作物、海産物です。その中で彼は水産物に目を向けました。この一年後には貿易が始められたのでそのための視察ということが窺えます。公国のありのままを見るため、非公式、かつ同行者は最小限にし、滞在日数は二週間でした」
自分の答えに満足しドヤ顔になる。周りのクラスメイトの反応も上々。
けれど、ここからよ。
「先生。ペアの申したことに補足があります」
うっ……。
ほら、やっぱりきた、とこっそり恨んだ。
いつもこの科目では突っかかってくるのだ。しかも私よりも完璧な解答を用意して。
「では、アルファイド君述べたまえ」
「この帝国にも海はあります。では何故、わざわざ海産物を交易品として選んだのか。答えは真珠です。この国は今でこそ、真珠の三大産地ですが元はそうではありません。そもそもありませんでした。現地で立ち寄った店に真珠が置かれており、それに目をつけたのです。真珠は帝国にありませんでしたから。故に交易品として選ばれました。今この国が真珠の三大さんとなっているのは、当時から数百年の間、少しずつ生産量を増やしているからです」
トップになれない理由は彼。
うぅ、悔しい。
またもや知識量の差が……。
おかしいわね。現実に体験した私が覚えてないことも知っているんだ。
そういえば真珠の店に行ったことある記憶があったような……。確か私もいたよね?
うん、いたわ。いましたとも。
宝石のようなのに貝からできのだと教えられたのには、かなり驚かされた。
そして見惚れていたらお土産にと彼は買ってくれたっけ。
真珠……この国が発祥じゃなかったのね。
「二人ともありがとう。実に素晴らしい答えだ。教科書にも書いていない……いや、私すら知らないことが混じっていたが……」
そうでしょう、そうでしょう。
私もアルファイドも教科書以上に詳しいのですよ。
彼の方がすごいのは腑に落ちないけど!!
授業はその後、滞りなく進められる。
前世なんて、夢みたいなことなのだから切り離そう。普段はそう考えているがこの授業だけは懐かしい話ばかりで、どうしても脳内で思い出が鮮明に再生される。
それでも授業は真面目に聞き、当てられた時は競うように答える。
楽しい。
素直に楽しい。
テストが地歴公民だけなら良いのに!!