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言ってようやく思い出す。落ち込むのもいいがスレイブ家を背負うものとして言葉遣いをちゃんとしなくては。
「リーン……」
反応するのそっちなんだ。てっきりまずは魔法の名家、スレイブの名を気にされると……。
「……やはり似ている」
「ヘ?なんか言った?」
「いや、なんでもない。俺の名はアルファイド」
「家名は?」
「……秘密だ」
一瞬驚いた表情をしてそれから意地悪をする子供のように笑われた。
秘密……。
あるにはあるようだ。それなら貴族なのだろう。貴族でなければ家名そのものがないことも珍しくはないから。
名前を隠すのはいくつかの理由があるが最も一般的なのが呪い避けだろう。
人を呪う魔法には名前を使うものがあるらしい。家の書庫の教書に書いてあったけれど方法は記されておらず、古い術のため使える人も少ないとか。
なのに風習としてフルネームを隠す人は今も多くいる。彼とは逆で家名だけ告げる人の方が多数。
魔法を使うわたしが名前を告げてしまったのに、彼は秘密らしい。
剣士の最下位なのに魔法についての知識はあるみたい。
私が名前を告げたのは家族に古き習慣を受け継ぐ人がいなかったから。せいぜい父が家名を隠すくらいだ。
もしかしたら『アルファイド』も偽名かもしれない。
「これからよろしくね」
あっだから言葉遣いちゃんとしないとなんだって。
「よろしくお願いいたします」
これで間違いはないはず。なのに相手はさっきよりも敬語を使った方がより一層、怪訝な顔をした。
「あの、何か変でしたか?」
「いや、お前……もしかして俺の家名思い出したのか?」
「……?いいえ、そうではなく自分の立場の方ですね。丁寧な言葉を使いなさいと家族に言われたのに忘れていまして。あなたの家名を教えてくださるのですか?」
何だと呟かれ、最後の問いには首を振られた。こっちこそ何だと言いたい。
「俺に丁寧にしなくてもいい。そういうの聞き飽きてうんざりしてる。人に丁寧に接しようとする心構えを否定するつもりはないが、ずっと敬語で繕った言葉ばかり聞き続けてると相手の本音が読み取りづらくなる。かえって面倒だ」
「はぁ」
「相手の立場を知らないなら敬語を使う必要などないということだ。立場知らないのに敬うもなにもないだろ」
「そう、ね」
気の抜けた返事をしてしまった。
「これから一年間も一緒にいるのに畏まられても逆に肩が凝る」
本当に何なんだこの人。まあ町では普通に喋ったし、今さら感がすごかったわよね。
「じゃあ、一年間よろしく。……これでいいの?」
「あぁ、よろしく。だが最下位の座に甘んじるつもりはない。上位を目指すつもりだから、足は引っ張らないでくれ」
言葉遣いを気にしなくていいと言ってくれた所だけは感謝している。あれはまだ慣れていないのでずっと一緒にいる相手にするのはしんどいから。
けれど、アルファイドってばいちいち偉そうね。
足を引っ張るなって、あんたも最下位じゃないの。 順位のことで気が立っていた私は、よりいっそう眉を寄せる。
剣をまともに振れない人間に言われたくない言葉だ。
こっちは魔法はできなくても剣はできる。それを口にするつもりは毛頭ないが。剣は手放すと決めたことだから。
なのに心の中で卑怯にも剣に、過去の栄光に頼る自分がいる。それがいっそう腹立たしい。
多分私は自分に対して苛立っているのだわ。
「そっちこそね。今は一番下だけど、絶対に強くなるわ。魔法が好きな気持ちだけなら誰にも負けてないもの」
「意志は強いようだな。互いに頑張ろう」
「ええ」
なんか上から目線なのが見下されているようで鼻につく。
しかもあんたも同じく最下位のくせに。
この人、苦手かもしれないわ。
いえいえ、決めるのは早い。会ってばかりで判断するのはいけないことよ。
「……」
「……」
話すことがなくなってしまい沈黙する。
気まずくって視線を彷徨わせていて、あるところで目を止めた。
右に帯刀していることに違和感を覚えた。
この人、左利きなのだわ。珍しい。
そういえばアルキオネ様も左利きだったわね。
ん?アルキオネ様とアルファイド。名前似てる?
なんて、ね。
頭の二文字が揃ってるだけ。
低確率だけど左利きで名前の似た人くらい数えられないくらいたくさんいるだろうに。
こうして無意識に探してしまう。
彼に似た人を。
重ねられる人を。
やめようとは思うのに、自分が転生したなら彼がいてもおかしくない、と。
転生しているとかも、仮にしていたとして時代が同じかも分からないのに。
そもそも見つけても彼が前世の記憶を持っていないかもしれない。会っても知らない人として気づかないで通り過ぎるだけかもしれない。
なのに僅かでも可能性があるなら、と探してしまう。
特に話すこともない。
他の同級生は会話を楽しんでいるけど私たちの間にそんな雰囲気はない。最下位でこの場を楽しむ方がおかしいだろう。
というか何をそんなに会話することがあるのか。是非この気まずい間をなくすために教えてもらいたいが、教えてもらったところで実践出来そうにないか。
アルファイドにその気がなさそうだから。
沈黙するのにも疲れてきたので『また授業で』と言って、返事も待たずに背を向けてその日は寮に戻った。
この先、アルファイドとペアとして上手くやっていけるだろうか。
否、やらないといけない。でないと授業評価が下がってしまう。あれはどれだけ息が合うかが問題だから。
それに……せっかく学生なら学生らしく青春を楽しんでみたい願望もある。学舎で授業受けたり、ライバルと競ったり……友達作ったり。
……友達!!
その手があったか。ペアと仲が悪くても友達と過ごせば解決するのだわ。なら明日からはいろんな人に声をかけてみよう。