表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

月光のオルゴール

作者: kou

少し幻想的で切ない物語です。

祖母が亡くなったのは、春の雨が静かに降る日だった。


 訃報を受けて十年ぶりに訪れた祖母の家は、かつてとほとんど変わっていなかった。古びた木造の平屋には、あの頃の匂い——少し湿った畳と、お茶の残り香がまだ漂っていた。


 仏間に通され、祖母の写真に手を合わせたあと、ふと隣の和室に目をやると、押し入れの奥にある古い箪笥が目に入った。子どもの頃、「そこには絶対に入っちゃだめ」と言われていた箪笥だ。


 その禁じられた言葉に、逆に強く惹かれていたことを思い出す。


 供養の手伝いを終えたその夜、私は一人で和室に入り、懐中電灯の明かりを頼りに、そっとその箪笥を開けてみた。


 引き出しの中には、いくつかの古びた封筒と、ひとつの木製の小箱があった。手のひらほどの大きさの小箱には、「レナへ」と筆ペンで書かれた紙が貼られていた。レナ、それは私の母の名前だ。


「これ、母さん宛て……?」


 恐る恐る箱を開けると、そこには小さなオルゴールが入っていた。銀色の細工が施された繊細な作りで、月と星の模様が浮き彫りになっている。ゼンマイを巻いてみると、静かな音色が部屋に広がった。


♪〜ラララ… ラララ…


 どこか懐かしいような、けれど聞いたことのない旋律だった。


 その瞬間、空気が一変した。畳の上に月の光が差し込んできたかと思うと、まるで時が止まったような静寂が辺りを包んだ。


「やっぱり、来たのね」


 振り向くと、そこに立っていたのは——少女だった。


 十歳くらいだろうか。白いワンピースを着て、長い髪を揺らしながら、にこりと笑った。その顔には、見覚えがあった。いや、見覚えがあるはずがなかった。ただ、なぜか彼女の名前を私は知っていた。


「……アヤ?」


「うん。レナが来ると思ったけど、あなたが来たのね。久しぶり」


 アヤは静かに微笑んだ。


「どうして私、あなたの名前を知ってるの?」


「オルゴールの旋律は、記憶をつなぐの」


 彼女の言葉は謎めいていたが、なぜか納得してしまった。


「このオルゴールは、かつておばあちゃんが作ったの。あなたの母さんのために。でも、その前に——私のために」


 彼女は語り始めた。昭和の終わり頃、祖母には一人の親友がいた。その名はアヤ。幼い頃から病弱で、学校にも通えない日々が続いていた。


 二人はよく、祖母の家で過ごしたらしい。祖母は木工が得意で、アヤのためにオルゴールを作った。それが、この「月光のオルゴール」だった。


「でも、私は……この世を離れなければならなかったの」


 アヤの声が少しだけ震えた。


「最後の願いはね、『もう一度だけ、大切な人に会いたい』ってことだったの」


 彼女はふと、月の光に手を伸ばした。


「オルゴールの旋律には、不思議な力があるの。記憶の奥深く、心のなかに眠る思い出を呼び起こして、時を超える扉を開く。ほんの短い間だけどね」


 私は何も言えなかった。ただ、その存在の儚さに心を奪われていた。


「あなたに会えてよかった。これで、もう本当に……行ける気がする」


「待って。あなたは、もう……」


「うん。でも、あなたが来てくれたから、もう寂しくない」


 アヤの姿は、少しずつ薄れていった。まるで霧のように、光の中に溶けていく。


「ありがとう。そして——さよなら」


 最後の言葉とともに、オルゴールの音色が静かに止んだ。


 部屋に戻った空気は、もとの現実の世界だった。畳の上には、月明かりだけが差し込んでいた。


 オルゴールを抱きしめながら、私はそっと呟いた。


「おばあちゃん、あなたは……本当にすごい人だったんだね」


 その夜、夢のなかで、もう一度だけアヤに会った気がした。


 彼女は、今度は手を振って——笑っていた。

読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ