第8話:フットケアとの出会いと新たな視点
「爪も肌と一緒でケアが大事やで?」
瑞希の勧めで訪れた皮膚科で、颯太は高峰柚葉先生と出会った。
「試験の練習で爪が傷んできたんやけど……」
慣れない病院の空気に、少し緊張しながら言葉を選ぶ。
診察室でそう話すと、高峰先生は軽く頷き、手際よく颯太の指を観察した。
「なるほど、甘皮が荒れとるな。無理に押し上げすぎたりしてへんか?」
「えっと……力加減とか、まだよう分かってへんくて……」
「せやな、繰り返し負担をかけると、爪の表面が削れたり、割れやすくなったりするんよ。無理せずケアもしながら練習せなあかんで」
そう言いながら、高峰先生は手際よく保湿クリームを馴染ませ、颯太の指先をそっと包み込むようにマッサージを始めた。
(思ったよりも柔らかい……)
指先に伝わる優しい感触と、かすかに香るハーブの匂いに、颯太は無意識に喉を鳴らした。手の温もりがじんわりと伝わり、どこか落ち着くはずなのに、逆に緊張が増していく。
(何やろ……この感じ)
視線を落としながらも、心臓の鼓動が少しずつ速くなるのを感じる。背中がぞわっとするような感覚に、無理やり意識を逸らそうとしたが、指先の感触がやけに残る。
「ネイルって、医療とも関わるんや……」
颯太は驚いた。これまでネイルは美容の一部だと思っていたが、健康とも密接に関わっていることを初めて知る。
高峰先生は続ける。
「例えば、爪の色や状態を見るだけで、貧血や糖尿病の兆候が分かることもあるんよ。巻き爪や変形爪は、痛みの原因になるだけやなく、歩行バランスを崩して転倒のリスクを高めることもある。ネイルケアは、単に見た目を整えるだけやなくて、健康管理の一環としても大事なんやで」
「もし興味があるなら、フットケアの現場を見学してみる?」
高峰先生の提案に、颯太は少し迷ったが、瑞希に背中を押される形で見学に行くことになった。
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フットケア専門のクリニックを訪れると、そこには巻き爪や変形爪に悩む患者たちがいた。
「フットケアって、単に爪を整えるだけやないんやな……」
目の前で、ネイリストが高齢の患者の巻き爪に矯正プレートを装着している。その手際の良さに、颯太は思わず見入った。
「巻き爪の矯正プレートって、こんな感じで付けるんや……」
「せやで。これで爪のカーブを少しずつ直していくんや。歩くときの痛みも軽減されるで」
施術を受けた高齢者が、ゆっくりと足を床につけて立ち上がった。少し足踏みをして、驚いたように目を見開く。
「ほんまや、歩くのが楽になったわ……!さっきまで痛かったのに」
顔にぱっと明るい笑みが広がり、「ありがとうなあ」と深々と頭を下げる。その様子を見て、颯太の中で何かが変わり始める。
「ネイルって、美容だけやなくて、生活の質も変えられるんや……」
瑞希が少し頬杖をつきながら、興味深そうに颯太の横顔を見てニヤッと笑った。
「福祉ネイルとか、おもろいと思わん?」
「……確かに」
颯太はゆっくりと頷いた。
今まで考えたことのなかったネイルの可能性に、少しずつ心が動かされていくのを感じながら――。
次回、第9話『学校の文化祭準備とネイルブース企画』
「文化祭でネイルブースを出すって、どうやろ?」
颯太たちは学校の文化祭でネイルブースを企画することに。初めての大舞台に向けて、準備に奔走する日々が始まる。果たして、成功への道筋は――。