第18話:藤崎紗良、ネイルを受ける決意をする
福祉施設でのボランティアを経験した後も、紗良はまだ自分の手にネイルを施すことにためらいを感じていた。
長年、彼女の手はコンプレックスの象徴だった。幼い頃に負った火傷の跡は手首から甲にかけて広がり、指先には小さな傷が残る程度だった。それでも、彼女にとっては人目に晒したくないものだった。
人と話すときは無意識に手を隠し、写真を撮るときも写らないように気をつける。それが当たり前になっていた。しかし、福祉施設で施術を受けたおばあちゃんたちが嬉しそうに爪を見つめる姿を見て、「自分も変われるやろか?」という思いが心の奥で小さく芽生えていた。
ある日、颯太と瑞希は、紗良をネイルサロンに誘った。
「私には、やっぱり似合わへんと思う……」
「そんなことないで。爪がキレイやと、手全体が変わって見えるんやで」
「別に派手にせんでええねん。ナチュラルな仕上がりでも、綺麗に見せる方法はあるんやで」
そう言って、颯太はシンプルなクリアネイルのサンプルを見せる。
「これなら、ほとんど色もついてへんし、爪を保護する役割もあるんや」
紗良はサンプルをじっと見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……試してみても、いい?」
「もちろん!」
ネイルサロンのオーナーが施術の準備を進めようとしたその時、颯太はふと紗良の顔を見た。
「俺がやってみてもいい?せっかくやし、自分の手で紗良の爪を綺麗にしてあげたい」
紗良は驚いたように颯太を見つめた。彼の真剣な表情を見て、胸の奥が少し熱くなる。誰かに施術してもらうこと自体が初めてで、不安もあった。それでも——颯太なら大丈夫かもしれない。そう思うと、少しずつ気持ちが落ち着いていく。
少しの間、迷うように視線を落としたが、やがて小さく頷いた。
「……颯太にやってもらいたい」
その言葉を聞いた颯太は、安心したように微笑み、施術の準備を始めた。
最初は手を差し出すことすら躊躇していた紗良だったが、颯太の優しい手つきに少しずつ緊張をほぐしていく。
「手、大事にしてきたんやな」
「……ずっと、コンプレックスやったけど」
「でも、今は?」
施術が終わり、颯太がそっと紗良の手を鏡の前に差し出した。
「どうや?」
紗良は恐る恐る指先を見つめた。クリアネイルが光を受けてかすかに艶めいている。指先の小さな傷が自然に馴染み、爪が整ったことで、視線が手全体ではなく指先に向かうように感じた。火傷の跡が以前よりも気にならなくなった気がして、心の中にほんの少しだけ安堵が広がる。
「……ほんまに、私の手?」
今までずっとコンプレックスだった手が、ほんの少しだけ美しく見える。そのことに、不思議な気持ちが込み上げてきた。
「ちょっとだけ、自分の手を好きになれそう。ネイルって、こんな風に人を前向きにできるんやな……」
そう言いながら、紗良は初めて、自分の手を胸の前に出してじっくりと眺めた。
「こんな風に手をちゃんと見たん、久しぶりや……」
小さく息をつきながら呟く。その声はどこか穏やかで、少しだけ前向きな色を帯びていた。
次回、『福祉施設でのイベント準備』。
颯太たちは、ネイルを通じてさらに多くの人と関わることになる——。