第16話:福祉施設でのボランティア体験
休日の朝、颯太は瑞希と紗良と共に、福祉施設へと向かっていた。
「ほんまにやるんやな、紗良」
瑞希が隣を歩く紗良に笑いかける。
「……なんでそんな意外そうなん?」
「いや、最初はめっちゃ嫌そうやったからさ」
「……まあ、確かに」
紗良は少し苦笑しながら、小さく息をついた。
高峰先生の勧めもあり、彼女は福祉施設でのネイルボランティアに参加することを決めた。ただ、今でも不安がゼロになったわけではない。
施設に着くと、すでに準備が進んでいた。
「おはようございます!今日はよろしくお願いしますね」
職員の女性が笑顔で迎えてくれる。颯太たちは挨拶をし、さっそく作業に取り掛かった。
「まずは、利用者さんの手を軽く拭いて、保湿から始めましょう」
高齢の女性が椅子に座ると、颯太は少し緊張しながらも、優しく声をかけた。
「こんにちは。今日は爪のお手入れをさせてもらいますね」
「まあ、若い男の子がやってくれるなんて珍しいねぇ」
「最近は、福祉ネイルって言って、爪を整えることで気持ちを明るくするお手伝いをする仕事もあるんですよ」
「へぇ、そんな仕事があるの?」
「はい。高齢の方や手にトラブルを抱えている方の爪をケアすることで、生活の質を向上させるお手伝いをするんです。見た目を綺麗にするだけやなくて、気持ちまで元気になれるって言われてます」
「そういうの、嬉しいねぇ。若い人とこうして話すのも楽しいし、爪が綺麗になったらもっと嬉しいわ」
女性はにこやかに笑いながら、そっと手を差し出した。
一方、紗良も別の利用者の前に座っていた。緊張しているようだったが、一生懸命に保湿クリームを馴染ませている。
しかし、紗良の動きはどこかぎこちなく、時折視線を落としては、袖口を握りしめていた。そんな彼女を見ていたおばあちゃんが、ふっと優しく微笑む。
「お嬢ちゃん、寒いわけでもないのに、そんなに手を隠さんでもええんやで」
紗良は一瞬肩をこわばらせたが、そっと自分の手を見つめた。そして、ゆっくりと意を決したように、袖をまくる。手首から手の甲にかけて、やけどの跡が淡く残っていた。
「……あんまり、見せるの好きじゃないんです」
おばあちゃんは、そんな紗良の手をじっと見つめると、柔らかい声で言った。
「大事にしてきた手やねえ。頑張ってきた証やないの?」
紗良の目がわずかに揺れる。
「……証、か……」
そんな彼女を見て、颯太がそっと声をかけた。
「紗良、その手を大事にしてあげたらええんちゃう?ネイルは、ただの飾りやなくて、自分を大切にするためのもんやから」
紗良はしばらく沈黙していたが、やがて小さく頷いた。
「紗良、どう?」
颯太が声をかけると、紗良は少し考え込んだように手元を見つめた。
「……思ったよりも、普通」
「普通?」
「うん。私、もっと『やけどの跡を見られるのが怖い』とか思うかと思ったけど……なんか、それよりも綺麗にしてあげたいって気持ちのほうが強い」
その言葉を聞いた颯太は、自然と微笑んだ。
「それ、ネイリストの第一歩ちゃう?」
「……そんな大げさなものじゃないけど」
それでも、紗良の表情は少し柔らかくなっていた。
ボランティアが終わった帰り道、紗良はふと立ち止まった。
「……ねえ、颯太」
「ん?」
「今日みたいなネイルって、誰でもやっていいの?」
「もちろん。福祉ネイルは資格とかなくてもできるものもあるし、必要なのは気持ちやで」
紗良はゆっくりと自分の手を見つめ、袖をまくった。その視線の先には、福祉ネイルを受けた利用者の笑顔があった。
「爪が綺麗になるだけで、こんなに嬉しくなるんやな……」
紗良は小さくつぶやいた。施術を受けたおばあちゃんが、にこりと微笑みながら手を眺めている。
「綺麗にしてもらうと、気分まで明るくなるねぇ。ありがとうね」
その言葉に、紗良の心が少し動いた。
「……私も、こんな風に誰かを喜ばせることができるんかな……?」
「私……やっぱり、自分の手が好きになりたい」
紗良は袖をまくった手をじっと見つめた。指先に残る微かな傷跡、手首に広がるやけどの跡——それらを隠すことに慣れすぎていたことに気づく。
「ずっと、人に見せるのが怖かった。でも、今日、おばあちゃんが嬉しそうに爪を眺めてるのを見て……手って、ただ隠すものじゃないんやなって思った」
紗良の声はまだ少し不安げだったが、その目にはほんのわずかに光が宿っていた。
颯太と瑞希は、お互いに顔を見合わせて頷いた。
「ほな、一緒にやってみよか」
次回、『3Dネイルチップの試作と実験』。
義爪の可能性を探る颯太たちの挑戦が始まる——。