第15話:藤崎紗良との出会い
颯太は、高峰先生に頼まれ、病院でのネイルケアの手伝いをすることになった。
「手伝いって言うても、患者さん相手に施術するわけやなくて、ちょっとした準備とかやで」と高峰先生は言う。
「それでも、現場の雰囲気を知るのは大事やろ?」
病院に到着すると、思った以上に落ち着いた空気が流れていた。ネイルサロンとは違い、ここでは爪のケアが「治療の一環」として扱われているのを感じる。
ふとした拍子に、颯太は手元のネイル用品を落としてしまった。
「あっ……」
慌てて拾おうとしたその時、スッと手が伸び、颯太より先にネイル用品を拾い上げる人がいた。
「……落としたよ」
控えめな声とともに、小さな手が差し出される。そこには、長い袖のカーディガンを手元まで引き、そっと手を隠すようにしている少女がいた。
「ありがとう。えっと……」
「藤崎紗良……」
紗良はそっと目を伏せながら、手渡した後すぐに袖を引き直した。その動きに、颯太は違和感を覚える。
(手を隠したがってる……?)
「君が……今日の手伝い?」
「はい。あ、藤堂颯太って言います」
「……よろしく」
どこかぎこちなく、それでも丁寧な挨拶だった。
紗良は、診察を終えた帰りだったようで、右手に薄手の手袋をつけていた。その手を気にするようにしながら、何度か袖を引っ張る。
颯太が何気なく視線を向けると、紗良はふっと手を引き、表情を曇らせた。
「……何?」
「あ、いや……」
しまった、と思う間もなく、紗良は目を伏せたまま「手、見られるの、好きじゃない」と静かに言った。
その言葉に、颯太はどう返すべきか一瞬迷う。
高峰先生が言っていた。
「手や爪にコンプレックスを持つ人は多い。ネイルが単なるオシャレやなくて、自信につながることもあるんや」
颯太は、自分の爪を見下ろした。最初はネイルがただの趣味だった。でも、少しずつ「誰かのためにできることがあるかもしれない」と思うようになってきた。
「俺、ネイルやってるんやけどな」
紗良の目がわずかに動いた。
「俺も最初はネイルってオシャレのためのもんやと思ってたんや。でも、ちゃんとケアしてみると、手元が綺麗になるだけやなくて、気持ちも前向きになるんやって気づいた」
紗良の指が、かすかに動いた。
「……でも、やっぱり私には……」
紗良はためらいながら言いかけたが、颯太のまっすぐな視線を感じて、言葉を飲み込んだ。
「そんな風に考えたこと、なかった……」
紗良は少し黙ったまま、自分の手を見つめていた。
「でも……私の手、綺麗じゃないし、ネイルなんて……」
「綺麗やからネイルするんやないで。大事にしたいからするんや」
颯太は穏やかに続ける。
「俺、前にフットケアの現場を見学したことがあるんやけど、そこでは爪のケアで歩くのが楽になったって喜んでる人がいた。ネイルって見た目だけやなくて、気持ちの部分にも影響するもんなんやと思う」
紗良はわずかに目を見開いた。
「……でも、ネイルって、私みたいな人でもやっていいものなん?」
「もちろん。むしろ、そういう人にこそ試してほしいって思う」
紗良は少し考えるように視線を落とした。
その様子を見ていた高峰先生が、ふっと微笑んだ。
「紗良ちゃん、もしよかったら今度福祉施設でのボランティアに参加してみない?そこではネイルを通じて、お年寄りの方と交流できるんよ」
「福祉施設……?」
紗良は驚いたように顔を上げた。
「うん。手や爪にコンプレックスを持つ人も多いけど、ネイルケアを受けることで気持ちが前向きになることもあるんよ。実際に体験してみたら、何か感じるものがあるかもしれへんで?」
紗良は戸惑いながらも、少し興味を持ったようだった。
彼女の表情はまだ硬いままだったが、その声はどこか少しだけ和らいだ気がした。
次回、『福祉施設でのボランティア体験』。
紗良も参加を決意し、新たな一歩を踏み出す——。