第13話:進路に迷う颯太
春、新学期。工業高校3年生になった藤堂颯太は、進級した実感があまり湧かないまま、教室の窓から校庭をぼんやりと眺めていた。
「進路調査の用紙、明日までに提出やからな!」
担任の先生の声に、クラス中からため息が漏れる。
「就職するんか、進学するんか、ちゃんと考えとけよー」
颯太は手元の進路希望調査票を見つめた。ほとんどのクラスメイトが「電気工事士」や「設備管理」など、工業系の就職先を記入していく。しかし、颯太の紙はまだ真っ白だった。
(俺、どうしたいんやろ……)
ネイルの世界に興味はある。2級も取った。でも、それを仕事にできるのか?
「……ネイリストとして食っていけるんか?」
漠然とした不安が頭をよぎる。
放課後、颯太は卒業して3Dプリンタの販売会社に就職した瑞希と、3年生になった菜奈と待ち合わせをして久々の近況報告会をすることになった。
「最初は研修ばっかりで大変やったけど、最近は顧客対応とか、実際に3Dプリンタのデモンストレーションも任されるようになってきたわ。ネイル業界でも応用できる技術があるかもしれんし、いつか試してみたいんよ」
瑞希がカップを片手に言うと、菜奈も「お仕事って大変そうですね!」と感心したように頷いた。
「菜奈は?」
「私は世界中のライブを見に行って、それが仕事につながるようなことがしたいねん。舞台の裏方とか、イベント企画とか、色々勉強しながらな」
「すごいやん!」
2人ともすでに進む道を決めていた。対照的に、颯太はまだ迷っていた。
「颯太は?」
瑞希に聞かれ、答えに詰まる。
「……まだ決めてへん」
「そうか。でも、ネイルは続けるんやろ?」
「……うん、それは間違いない」
そう言いながらも、心のどこかに不安があった。
何気なくコーヒーを飲もうとしたとき、瑞希がじっと颯太の手を見つめていた。
「なあ、颯太。ちょっと手、見せてみ?」
「え?」
戸惑いながら手を差し出すと、瑞希は眉をひそめた。
「めっちゃボロボロやん!こんなんでネイル続けられるん?」
「……練習しすぎてな……」
「それ、もう一回高峰先生に診てもらったほうがええんちゃう?ついでに進路の相談もできるやろ」
「……そうやな」
その帰り道、颯太はスマホを眺めながら歩いていた。何気なく検索した「ネイリスト収入」の記事に目を通し、現実の厳しさにため息をつく。
(好きなことを仕事にするって、そんな簡単なことちゃうんやな……)
数日後、颯太は意を決して高峰先生のクリニックを訪れた。
「お久しぶりです、高峰先生」
受付を済ませ、診察室へ入ると、白衣姿の高峰柚葉が微笑んで迎えてくれた。
「颯太くん、元気そうやな。でも、その手……爪、だいぶ酷使しとるやろ?」
先生の指摘に、颯太は少し気まずそうに手を眺めた。
「練習しすぎて、爪が薄くなってもうて……」
「なるほどな。でも、爪も肌と一緒で、適切にケアせんとあかんで?」
先生は優しく言いながら、診察を進めていった。
「ところで、最近はどんなこと考えとるん?」
高峰先生に尋ねられ、颯太は進路について悩んでいることを素直に打ち明けた。
「2級は取ったんですけど、ネイリスト一本で食べていけるか自信がなくて……」
「前にも話したけど、ネイルの仕事って色んな可能性が広がってるんよ。福祉ネイルもそのひとつやけど、例えば病院や介護施設でも活かせる場面が増えてるんや」
「福祉……ネイル……?」
先生の言葉に、颯太は改めて考え込んだ。
(そういや、前にフットケアを見学したとき、巻き爪に悩んでたおばあちゃんが「歩くのが楽になった」って笑ってたっけ。あの時も、爪を整えるだけで人の生活が変わるんやって思ったな……)
「医療ネイルって、もっと詳しく知ることできますか?」
「もちろんやで。ネイルは治療のサポートにもなる。興味があるなら、もう少し勉強してみたらどうや?」
スマホをしまい、颯太は夜空を見上げた。進むべき道はまだぼんやりしている。でも、何かが見つかるかもしれない。
次回、『3D技術を活用したネイルの可能性』。
「3Dプリンタで爪、作れへん?」瑞希のひと言が、新たな道を開く——。