(71)
「サラ。きみが私の元上司に頼んでルーン子爵と接触したことはわかっている。きみからルーン子爵に接触したんだ」
「それは、イザベルさんがルイスに悪さしようとしていると思ったからルーン子爵に助けを求めたのよ。だって、アレックスは私の言うことを聞いてくれないのだもの」
サラはしゅんとした顔をして俯く。
「ところが、ルーン子爵はこともあろうかイザベルさんと共謀してルイスを亡き者にしようとしたの!」
拳をぐっと握って力説するサラを見て、アレックスは彼女と分かり合うことは到底無理なのだと悟った。
「アレックス。本当に災難だったわね。でも大丈夫よ。これからは私が側にいる」
そのとき、「アンドレウ卿!」と叫ぶ声が聞こえた。
ロジャーが騎士達を連れて駆け付けたのだ。
「ちょうどいいところに来た。こいつらを捕らえてくれ。もしかすると瓦礫の下に他にもいるかもしれない」
あっという間にサラが拘束される。
「何をするの! やめてよ!」
サラが身を捩って叫ぶ。
あれほど助けろと叫んでいたルーン子爵も、お望み通り瓦礫をどかしてもらうと同時に捕縛された。
「アレックス、助けて!」
「悪いが断る。きみが行くのは刑務所だ。二度と会うことはないだろう」
「アレックス、まだそんなことを! あなたは騙されているのよ。だって、ルーン子爵が利用した王宮の女官だって、彼女のご家族がイザベルさんにひどい目に遭わされたからってすぐに話に乗ったのよ? そんな悪女がアンドレウ侯爵家の女主人だなんて──」
サラが堰を切ったように喋り始める。
「だまれ!」
アレックスは叫ぶ。こんなに大きな声を出したのは、記憶がある限り初めてだ。
サラは驚愕し、呆然とアレックスを見つめていた。
「平然と嘘を吐き、人を陥れるきみに言われたくはない」
アレックスはふいっと右手を振る。
騎士達がサラとルーン子爵を連行していった。
「アレックス! アレックス!」
サラが半狂乱で叫ぶ。
「アンドレウ卿! 諸悪の根元はあの女だ。私は断じてルイスを傷つけようなどと──」
引きずられてゆくルーン子爵も何やら叫んでいたが、もはやアレックスは聞いていなかった。
辺りに静けさが訪れる。
(……ところで、レオンがいないな)
ようやくその事実に気付いたアレックスは辺りを見回す。目に入ったのは瓦礫の山だ。
(まさか下敷きに──)
そのとき、コンコンコンとノック音が聞こえてきた。
「おーい!」
さらには、どこからか子どもの声が聞こえてきて、アレックスはハッとする。
(もしやレオンか?)
アレックスはすぐに探索魔法で周囲を捜す。反応があったのは、ひと際激しく建物が壊れ、瓦礫が山盛りになった場所だった。
「これは──」
到底無事でいるとは思えない崩れ方だった。
魔力の反応があるということは生きているはずだが、大怪我は免れないだろう。
きっと、瀕死の中で力を振り絞って助けを求めたに違いない。
「今助けてやる!」
アレックスは叫ぶ。そこに騎士達も加わり、魔法と手作業で瓦礫が除去されていった。
「レオン! どこだ?」
「ここ、ここ!」
トントントンと音がしたのは、大きな木箱だった。瓦礫にぶつかり一部に小さな穴が開いているが、箱の形をしっかり保っている。そして、その穴から小さな目がこちらを覗いていた。
「レオン!」
アレックスは木箱を開ける。そこには、しゃがんだレオンがいた。
「あー、ふたがあかないから出られないかとおもった!」
レオンは立ち上がり伸びをする。体も顔も粉塵まみれだが、レオンは至って元気そうに見えた。
「どうして箱の中に? あいつらに閉じ込められたのか?」
アレックスは険しい表情で、レオンに尋ねる。
「ううん。ルイスがまりょくぼうそうするちょくぜんに、イザベルさまにはこにはいってふたをしめろって言われた」
「イザベルが?」
アレックスは大体の状況を察した。
きっとイザベルはルイスが魔力暴走しそうになっているのを察知し、レオンを身の危険から守るために木箱に入るように指示したのだろう。
(きみは、ルイスだけでなくレオンも助けてくれたのだな)
アレックスはまた気を失っているイザベルの元に行くと、そっと頬を撫でた。
◇ ◇ ◇
椅子に座って刺繍をしていたイザベルは、ふと手を止めてうーんと大きく伸びをする。
「もうこんな時間? ルイスの授業は終わったかしら?」
時計は午後三時を指している。イザベルが立ち上がるのとほぼ同時にドアが開き、「おかあさま!」とルイスが抱きついてきた。
「ルイス。お勉強は終わったの?」
「うん、おわった! ぼく、テストでぜんもんせいかいだったよ!」
「そう。すごいわね」
少し大袈裟なくらい褒めてやると、ルイスは嬉しそうに笑う。
(うんうん。やっぱり可愛い子は褒めて伸ばさなきゃ)
育児は人それぞれだが、ヤンデレ街道回避中のイザベルは積極的に褒めるスタイルをとっている。
それで、少しでもルイスの自己肯定感が上がってくれたらいいなと思っている。
「お腹空いていない? おやつにしましょう」
「うん。クッキーある?」
「もちろんよ」
「やったー!」
ルイスは目を輝かせて喜んだ。