(67)
「本当に?」
アレックスの声が低くなる。
「私の妻は侯爵夫人、子供は次期侯爵だ。もしこの件にきみが関係しているとしたら、ただでは済まされないぞ」
おどしを聞いて、門を守っていた守衛の顔色が分かりやすく悪くなった。慌てたように「先ほど──」と喋り始めるが、すぐに様子がおかしくなる。
「……っぐふっ……」
「おい。どうした?」
喉元を掻きむしるような動作にアレックスは違和感を覚えた。
「アンドレウ卿!」
背後から呼びかけられ振り返ると、ゴジョとミゲルが走ってくるところだった。
「ルイスとレオンは見つかりましたか?」
問いかけてきたゴジョもすぐに、守衛の様子がおかしいことに気付いたようだ。
アレックス達の目の前で、守衛が泡を吹きながら倒れる。
「おいっ!」
アレックスは咄嗟に守衛の胸倉を掴む。しかし、守衛は既に気を失っており反応はなかった。
「アンドレウ卿、これは一体?」
ゴジョが眉間に深いしわを寄せる。
「わからない。突然こうなった」
そのとき、アレックスはハッとする。大急ぎでその守衛の衣服のポケットを探った。手に固い物が触れる。
「やっぱり……」
アレックスは金の土台に赤い魔法石が嵌った指輪を手に、表情を険しくする。
「これは?」
「魔導具だ。おそらく、持ち主の都合が悪いことを話そうとすると首が締まるような魔術がかかっている」
「では、ルイスとレオンは連れ去られたということですか?」
「ほぼ、間違いなく。それに、イザベルも」
ゴジョは目を大きく見開く。話を聞いていたミゲルも呆然としていた。
「すぐに捜すための手配を! 私は近衛騎士団の事務所に参ります。それに、医官を呼ばなければ」
ゴジョはそれだけ言い残すと走り去っていった。ミゲルはアレックスを真っすぐに見上げる。
「アンドレウ卿。ルイスとレオン、それにルイスの母君はいったいだれに、どこにつれて行かれたんだ?」
「わかりません。しかし、必ず見つけて助け出します」
アレックスはそれだけ言うと、ぎゅっとこぶしを握り締めた。
◇ ◇ ◇
目を開いたとき、そこは知らない場所だった。
「う……、ここは?」
イザベルは薄暗い周囲を見回す。
埃っぽい床と積み重なった木箱から、イザベルはそこが倉庫のような場所だと認識した。その場で上半身を起こそうとして、すぐに違和感に気付く。
「手が……」
両手首を後ろ手に縛られており、自由が利かない。なんとかしようともがいたが外れなかった。
(あの男、私をどうするつもりかしら?)
もしこんなことをしたと明るみになれば、ただでは済まさないはずだ。ましてやイザベルは公爵家出身の侯爵夫人なのだから。
ルーン子爵は絶対に明るみにしたくないはず。となると、確実に証言を消すには──。
「わたくしを、殺すつもり?」
一気に背筋が冷たくなる。
けれど、元気な状態で解放するとは思えないからそれが一番可能性が高い。
よくて、スランとは違う国に連れていって奴隷として売るかだ。
いずれにしても、ろくな未来ではないことは確かだ。
「逃げなきゃ──」
イザベルはもがく。しかし、手首に縄が食い込むばかりで一向に緩む気配はなかった。
ガタンッと大きな音がして、イザベルはハッとした。
ドアが開き隙間から光が差し、イザベルは眩しさに目をすがめる。
「どっから紛れてきたんだ。こいつら!」
屈強な男たちがイザベルのすぐ近くの床に何かを叩きつけた。
「……ルイス! レオンまで! どうして!?」
すぐには理解できなかった。
イザベルはひとりで呼び出されて裏門の近くで拉致された。それなのに、なぜルイスとレオンはここにいるのか。
「子供達に乱暴しないで! 狙っていたのはわたくしでしょう!?」
「あ? 俺らはあいつが誰を狙ってたかなんて知らねーよ。金で雇われたからやっただけだ」
いかにも育ちの悪そうな大男は乱暴にそう言い放ってからまじまじとイザベルを見た。
「お前、よく見るとすごい美人だな。俺が少し──」
「ちょっと! 何をしているのよ」
男の背後にあるドアの辺りから若い女の声がした。
男は「チッ」と舌打ちすると部屋から出て行く。
それと入れ替わりに部屋に入ってきた女を見て、イザベルは目を見開いた。
「サラさん……」
そこには、ここ最近アンドレウ邸ですっかり見かけなくなっていたサラがいた。
どうしてここに?と聞きたかったが、声が出なかった。イザベルを見下ろす冷たい眼差しは助けに来たひとのそれではない。
「ねえ、イザベルさん。あなたが来てから、何もかもめちゃくちゃ。どうしてくれるの?」
サラはイザベルの顔を覗き込み、睨み付ける。
「さっさとアレックスと離縁してアンドレウ侯爵家から出て行ってくれれば、こんなことしなくて済んだのよ?」
「何を言って──」
「だって、アレックスのことを一番理解して愛しているのは私だもの。私よりアレックスの妻にふさわしい女性なんていないわ」
夢見るような眼差しで宙を見つめ両手を顔の前で合わせるサラを見て、ぞくっとした。
(この人、狂ってるわ)
アレックスへの愛というよりも、もはや執着のように思えた。