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ゴジョはミゲルとレオンから装飾用の剣を取り上げると、ごほんと咳をして話の続きを始める。
「大人の身長より高い場所から落ちたのに、マルチネス家のご子息──レオンには怪我ひとつなかった。それどころか、全く痛みすらなかったそうなのです。レオンによると、地面にぶつかる直前に体がふわりと浮いたと。そうですね、レオン?」
突然話しかけられ、レオンはびくっと肩を揺らす。
ゴジョから剣を取り返そうと、ミゲルと協力しながらこっそりと椅子を運んできていたのだが、ゴジョにはお見通しのようだ。
「はい、そうです」
レオンはいかにもいい子にしていました風を吹かせて答える。
その横では、ミゲルがぴょんぴょんとジャンプしてゴジョから剣を取り返そうとしていた。
しかし、近衛騎士であり決して身長が低くはないゴジョの肩の高さにも届きそうになかった。ゴジョは慣れているのか、ミゲルのいたずらに全く動じている様子がない。
すると、それを眺めていたルイスがごそごそと動き出す。
かざしている手のひらから魔力が放出されているのを感じ、アレックスはルイスが友達のために魔法で剣を引き寄せようとしているのだと気づいた。
だがゴジョも負けてはいなかった。
しっかりと剣の本体が握られているため、飾りの紐だけが魔法で引き寄せられ、ヒューンとどこかに飛んでいく。
「ああっ!」
子供達の落胆する声が響く。
極めて真面目な話をしているはずなのに、子どもたちのせいで思わず吹き出してしまいそうになる。
アレックスは「うん、ううん!」と咳ばらいをすると、表情を引き締めた。
「床に着く直前に体が浮くとなると、浮遊魔法の一種でしょうか?」
「それが不思議なんです」
口を開いたのはジェシカだ。
「レオンは魔力制御すらまだできないのだから、浮遊魔法なんて使えるはずはないのよ」
「ミゲル殿下も、同じくです」
ゴジョが短く、補足する。
それを聞いて、アレックスはなぜ自分が呼ばれたのか少しわかった気がした。
怪我をするはずだったレオンが全くの無傷で済み、浮くはずのない体が浮いた。
何が原因かと考えたとき、思い当たるのはルイスからのプレゼントであるテディベアしかなかった。
視線を彷徨わせると、アレックスを見つめている国王と目が合った。
スランの現国王はまだ若く年齢は三十歳を少し過ぎたくらいで、精悍な顔立ちに相手を射貫くような鋭い眼差しが印象的な人だ。
彼の青い瞳は、真っ直ぐにアレックスを捕らえていた。
「アンドレウ卿の子息は類まれなる才能を持っているようだ。これからの成長が気になるし、私としては是非とも今後ミゲルの力になってほしいと考えている。ついては、きみの子息をミゲルの側近にしたいと思う」
「ええーっ!」
国王が喋り終わるか終わらないかと言うタイミングで声を上げたのはイザベルだ。
イザベルはハッとした顔をすると「失礼いたしました。驚きすぎてしまって」とその場を取り繕う。
(側近……)
スランの王族は、幼い頃から将来にわたりその人を支える忠臣となる人間を数人側に置く。
ミゲルの年齢を考えるとそろそろそういう人間を決め始めてもいい頃ではあるのだが、まさか自分の息子が指名されるとは思っていなかったアレックスは驚いた。
もちろん、ここで選ばれたからと言って将来にわたって重用される未来が確約されるわけではない。しかしその可能性が高いことは明らかで、これは大変名誉な話だった。
だが一方で──。
「ルイスはまだ四歳で、自分がやったことがどういうことなのかを理解しきれていないことが多々あります。殿下の側に置くことで、もしかするとご迷惑をおかけしてしまうかもしれません」
「なに、それはわかっている。いくら天から才能を授けられた者であろうと、子どもは子供だ。ミゲルが四歳の頃はもっと幼かった」
国王はふっと口元に笑みを浮かべる。そこには、我が子を思う父親の顔があった。
(そう仰ってくださるのなら──)
こんなありがたい提案を断る理由はない。
アレックスが返事をしようと口を開きかけたそのとき、イザベルが「あ、あのっ!」と声を上げる。
「何か気になることがあるかな? アンドレウ夫人」
国王がイザベルに問いかける。
「恐れながら質問させていただきます。側近というのは、やはり同じ学園に通わなければならないのでしょうか?」
イザベルはおずおずと国王に尋ねる。
「基本はそうだね。心配しなくとも、王子の側近の入学試験は実質的に免除される」
「いえ、それは心配していないのですが、隣の学園に通うのではやっぱりダメですか?」
更に質問するイザベルは、どこか歯切れが悪い。
毎日顔を合わせているアレックスだから気付いたが、よく見ると表情がどこか青ざめていた。
「スラン王立学園以外に行きたい学園があるのかい?」
国王はイザベルに尋ねる。
「えーっと、確か隣に魔法に特化したスラン国立魔法学校があったかと──」
イザベルの言う〝スラン国立魔法学校〟はアレックスの母校だ。魔法に関する有能な教師がスラン国中から集まっており、名実ともにスラン一の魔法学校だ。
「なるほど。ご子息を伸ばすためにも、そちらに通わせたいと?」
「ええ、そうなんです。是非そうだといいなと思いまして」
イザベルはこくこくと頷く。
アレックスは驚いた。
学園に入学するのはまだまだ先だ。まさかイザベルが、そんな何年も先までルイスの将来を考えていてくれていること知り、胸を打たれる。