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◇ ◇ ◇
一方その頃。
アレックスは職場である魔法庁で、古い文献を漁っていた。
魔法庁には、スラン建国以来の様々な魔法に関する文献が残っている。中には数百年前のものもあり、その価値は計り知れない。
この貴重な財産を守り、後世に残すことも魔法庁の大事な役目のひとつだ。
パラパラと文献を捲っていたアレックスは、パタンとそれを閉じる。
「これも、手掛かりなしか」
アレックスが最近熱心に捜しているのは、ルイスの不思議な力に関する手がかりだ。
念じるだけで物に加護の力を付与して、身に付けている人を守る。本当にそんなことができるなら世紀の大発見だが、今のところ同じような事例が報告された例は見つからなかった。
(やはり偶然だったのか?)
アレックスが知る、その不思議な力が発動したとみられる事象は二回、どちらも共通した事柄があった。
ひとつ目は、イザベルが突然訪ねてきたルーン子爵により掴みかかられそうになったとき。
もう一回は、ルイスのお気に入りのポーくんを洗濯した使用人が突風で倒れてきた物干しの下敷きになりそうになったとき。
ともに、怪我をしそうになった人はルイスのお守りを近くに置いていた。
たった二回、されど二回。
どちらもたまたまそうなっただけで偶然だと言われれば、強い否定はできない。
しかし、偶然が重なったというには都合がよすぎる。
「こっちの資料はどうだろう」
アレックスは気を取り直すと今読んでいた文献を棚に戻し、別の文献を手に取る。そのとき、書庫の入り口から「アンドレウ長官」と呼ぶ声がした。
「どうした?」
入り口には魔法庁の幹部のひとりが立っていた。
「呼び出しです。急ぎ、宮殿の第三接客室に来るようにと」
「こんな急にか? 一体誰だ?」
アレックスは眉を顰める。
侯爵であり魔法庁長官でもあるアレックスを気安く呼び出すのだから、大臣の誰かだろうと思った。
「それが──」
部下は言葉を濁し、一呼吸置く。
「国王陛下と王妃様が、アンドレウ長官と話したいと」
「国王陛下と王妃様が!?」
アレックスは驚いて目を見開いた。
◇ ◇ ◇
足早に廊下を歩きながら、なぜ自分が急に呼び出されてしまったのかと考える。
(そういえば、今朝イザベルが今日はミゲル殿下のところに遊びに行くといっていたな)
となると、ミゲルに対してルイスが何かしてしまったのだろうか。
(まさか、また魔力暴走か?)
心臓がドクンと鳴る。
国王夫妻が揃って、前触れもなく呼び出されるなどただ事ではない。
遊んでいて怪我をさせてしまったとか、何か物を壊してしまった程度ではこんな急な招聘はないはずだ。となると、考えられるのはそれ位しかない。
(私が魔法で元に戻せる程度の被害だといいのだが──)
もしそうでなかった場合は、アンドレウ侯爵家の持っている領地の一部を国に差し出せばルイスは罪に問われずに済むだろうか。
呼ばれる原因がわからないだけに、嫌なほうへと想像が膨らんでいく。
目的の第三接客室の前には、護衛と思しき近衛騎士が二人立っていた。
彼らはアレックスに気付くと、小さく会釈をしてドアを開く。
「おとうさまだ!」
ドアが開いた瞬間、元気な声がした。
タタタッと足音が近づき、太ももの辺りにぽすんと衝撃がある。
「ルイス?」
「おとうさまきいて! ぼくね、またたすけたんだよ。アーくんがね──」
ルイスはアレックスの足にしがみついたまま、夢中で喋り始める。アレックスは状況が掴めず、「ルイス、ちょっと待ってくれ」と言った。
部屋の奥にある応接セットでは、国王夫妻とイザベル、それにジェシカが優雅にお茶をしていた。イザベルはアレックスの姿に気付くと申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「旦那様。お仕事中なのに申し訳ございません」
「いや、それはいいんだが、一体何があった?」
アレックスはイザベルに問いかける。
一見すると、何かルイスがしでかして責められているようには見えなかった。しかし、そうなるとアレックスが急に呼び出された理由がいよいよわからない。
「それについては、私から話しましょう」
口を開いたのは、ミゲルの従者をしているゴジョだ。
「先ほど、ミゲル殿下はふたりのご友人と共に王宮の一画にある遊び場で楽しく遊ばれておりました。その際に──」
ゴジョは今日あったことを順を追って話していく。それを聞いて、アレックスはレオンが不慮の事故で遊具から転落してしまったと理解した。
アレックスは部屋の端にいるレオンをちらりと見る。
レオンは接客室に飾られた装飾用の剣を使ってミゲルとチャンバラごっこをしようとして、ゴジョに止められているところだった。