(59)
「おかーさまー! みてー!」
木製ジャングルジムのてっぺんに立つルイスが大きく両手を振る。
「凄いわね。落ちないように気を付けて」
「うん!」
ルイスは笑顔で頷く。
ミゲルが作った遊び場はアンドレウ侯爵家のそれより二回りくらい大きいので、終始大興奮だ。
「あっ!」
ルイスが声を上げる。胸に抱いていたポーくんを手を滑らせて落としてしまったのだ。ポーくんは地面へと落ちて転がる。
「ポーくん!」
ルイスのいる場所は高さが二メートルくらいある。ルイスは手が届かないポーくんに向かって手を伸ばした。
「ルイス。ポーくんはおかあさまが持っていてあげるわ。また落としたら汚れてしまうし、引っかけたら壊れてしまうもの」
「そっか。うん」
ルイスは頷く。イザベルは地面に落ちたポーくんを拾い上げ、土を払い落した。
(この子をこんなに気に入ってくれるなんて思ってなかったな)
「殿下とレオンの持っているアーくんとスーくんも」
ミゲルとレオンもそれぞれ、ぬいぐるみを抱いたまま遊具で遊んでいた。ぬいぐるみを落とすくらいならまだいいが、ぬいぐるみを持っていたせいで片手が使えず怪我をしてしまったら大変だ。
イザベルはミゲルとレオンにも声を掛ける。
「うん、よろしく」
ミゲルがスーくんをイザベルに手渡す。
一方のレオンは少し離れた遊具の上にいた。
「レオンもそのぬいぐるみを渡して」
ジェシカが遊具の上にいるレオンに声を掛ける。
イザベルがちらっと見ると、レオンはアーくんをジェシカに渡そうと、手すりから大きく体を乗り出していた。
(いけない!)
子どもは体に対して頭が重いので、バランスが取りにくい。あんなに身を乗り出しては落ちてしまう。
「レオン、身を乗り出しては危ないわ」
イザベルがレオンに声を掛けたまさにそのとき、レオンの体がぐらりと前に傾く。身を乗り出しすぎてバランスを崩し、手すりを乗り越えて頭から落ちたのだ。
「レオン!」
ジェシカの悲鳴が響く。
ひゅっと息を呑んだイザベルは慌ててレオンのほうに駆けよる。
「レオン、大丈夫!? 怪我は──」
ジェシカは青ざめて、地面に座り込むレオンの肩を掴む。一方のレオンは座り込んでおり、キョトンとした顔をしてジェシカを見返していた。
「大丈夫ですか!?」
騒ぎに気付いたゴジョが走り寄ってくる。ジェシカはレオンの腕や足を触って折れていないか確認していた。
「どこが痛い? 痛かったでしょう?」
おろおろするジェシカに、レオンは首を振ってみせる。
「ううん、いたくなかった」
「そんなわけないわ。だって、あそこから落ちたのよ?」
ジェシカは先ほどまでレオンがいた遊具の上部を指さす。
「じめんにおちるまえに、ふわってういた」
「浮いた?」
ジェシカはびっくりした様子で目を丸くする。
(浮いたですって!?)
ふたりの会話を聞いていたイザベルも驚いた。
レオンは本人の言葉通り痛がる様子もなく、見える範囲に怪我もなさそうだ。
「怪我がなくてよかった。でも、どういうことかしら?」
ジェシカは困惑気味だ。
(浮いたって言っていたわよね? 人を浮かせることができるなんて、魔法以外考えられないわ)
まだレオンは五歳、ミゲルは六歳だ。
たとえ魔力があったとしても魔法の訓練は通常十歳頃から開始することが多いので、ふたりはまだ魔法を使えないはず。
となると、考えられるのは──。
「もしかして、アーくんのおかげ?」
イザベルの呟きはしっかりとジェシカとゴジョにも届いたようだ。
「イザベル様。アーくんのおかげ、とは?」
「それは──」
言っていいものかと言い淀んでいると、ルイスがすかさず「ぼくがポーくんやスーくんやアーくんが守ってくれますようにってお守りにしたの」と得意げに言う。
「お守りですか?」
ゴジョが訝しげに聞き返す。
「うん、そうだよ。だってね、この前も──」
ルイスは胸を張って、先日アンドレウ侯爵家で起きた事件──使用人がポーくんをお風呂に入れて乾かしていた際に強風が吹いて物干しざおが倒れたけれど、使用人にはかすり傷ひとつなかったことを話して聞かせる。
それに、ルーン子爵の件も『わるいおじいさんからおかあさまをまもった』と話していた。
「それは──」
ゴジョがぼそりと口を開く。
「それはすごいことですよ! 歴史に残る大発見です!」
「び、びっくりした! 突然そんな大きな声を出さないでくださる?」
イザベルは驚いてゴジョに苦言を呈する。
いつも小さな声で一言二言しか話さないので、こんな大きな声も出るのだなと驚いてしまう。
「今はまず、念のためレオンを医務室に連れて行って診てもらうべきではないかしら?」
イザベルはコホンと咳をして、今すべきことを提案したのだった。




