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ちなみに、アレックスはルイスの名付けセンスをしきりに不思議がっていたが、原因はイザベルにある。
何かお話を聞かせてとルイスにせがまれるたびに、イザベルは前世で知られていた子供向けの物語──たとえば桃太郎だとか一寸法師だとか、アラジンなどのお話をしていた。
それを喜んだルイスに他にも話してとせがまれ、何を思ったのかほんの少しだけ聞きかじったことのあるギリシャ神話のお話を自己アレンジして聞かせた。つまり、ネタ切れだったのである。
ところが、予想に反してルイスはそのイザベル作なんちゃってギリシャ神話をいたく気に入った。そして、大事にしているテディベアに登場人物から名前を付けているのだ。
ちなみにポーくんは海と地震を司るポセイドン、アーくんは戦神アレス、スーくんは最高神ゼウスから来ているが、ルイスからそれを聞いたアレックスはますます不思議そうな顔をするばかりだった。
「じゃあ、お部屋に戻って出かける準備をしましょうね」
「うん。ミゲルはまたあそこにつれていってくれるかな?」
「連れて行ってもらえるといいわね」
「うん!」
ルイスは笑顔で頷く。
ルイスの言う『あそこ』とは、公園をいたく気に入ったミゲルのために王宮の中に建造された専用公園だ。城下にあるイザベルが作った一般向けに開放した公園よりもさらにパワーアップしており、もはや児童向けアスレチックコースと化している。
さすがは王族と言わざるを得ない。
なお、その公園を建設するにあたってイザベルは再三にわたり助言を求められ、王妃様から感謝された。全方向から嫌われる悪虐継母ポジションのはずなのに王妃様からお礼を言われる日が来るなんて……とイザベルがびっくり仰天したのは言うまでもない。
そして、ルイスとレオンは今や〝信頼のおけるミゲルの遊び相手〟として王妃様からも正式認定されていた。
揺られること二十分で馬車は王宮の入り口に到着した。
「アンドレウ侯爵夫人のイザベルと息子のルイスです」
イザベルが衛兵に告げるとすぐに門を通された。
そのまま馬車は、いつも使う馬車置き場へ向かう。
馬車を降りると、「ルイス!」と呼び声がした。
声のほうを見ると、大きく腕を振るミゲルといつも側にいるポーカーフェイスの専属近衛騎士兼従者がいた。ミゲルによると、彼の名前はゴジョと言うらしい。
「デンカー!」
ルイスはミゲルに気付くとぱっと表情を明るくして手を振る。ミゲルはルイスのほうに走り寄ってきた。
「殿下ではなくミゲルでよいと言ったのに」
「でも、それはとくべつななまえなんでしょ? ぼくしってるよ!」
「ルイスにはそのよび名をつかうことをとくべつにきょかしている」
「じゃあ、ミゲル!」
ルイスが名を呼ぶと、ミゲルは嬉しそうに笑う。
(何? この平和で可愛すぎるやり取りは! この世の癒しを詰め込んでるわ!)
美少年たちのあまりに可愛いやり取りにイザベルは悶絶する。
「はあ、可愛いですね」
「私が殿下に対して可愛いなどという感情を持つことは不敬に当たります」
思わずゴジョに語り掛けると、相変わらず頭でっかちで面白みのない答えが返ってきた。
しかし、話しかければ普通に返してくれるので初期よりは随分打ち解けたように思う。
そうこうするうちに、馬車がもう一台到着した。現れたのはレオンとジェシカだ。
「ごきげんよう、ミゲル殿下にイザベル様、ルイス」
馬車から降りてきたジェシカはイザベル達に気付くと朗らかに笑う。
「レオンー! あそぼ!」
ルイスはすぐにレオンに駆け寄る。
「きょうね、ミゲルとレオンにプレゼントをもってきたの」
「なんだ?」
ミゲルはすぐに目を輝かせる。
「これ。ぼくのポーくんのおともだちなの。こっちのしろいのがスーくんで、こっちのくろいのがアーくん。スーくんは一番偉いボスで、アーくんはせかいいちつよいきしなんだよ」
ルイスは得意げに説明する。
イザベルの作る話が適当すぎるせいで本来とはちょっと違う説明になっているが、そこは気にしないことにする。
「一番えらいボスとせかい一強いきしか。わたしとレオンにぴったりだな」
ミゲルはルイスからありがたくテディベアを受け取ると、満足げに胸に抱く。
(あー! 可愛すぎる!)
可愛い子供達がみんなしてテディベアを腕に抱き嬉しそうに笑っている。
天使だ。天使としかいいようがない。
「イザベル様、ありがとうございます」
ジェシカが申し訳なさそうにお礼を言う。
「ううん、いいの。よろこんでもらえて嬉しいわ」
「それはもう、とっても! ルイスと知り合う前のレオンは模擬剣ばっかり振り回していてちょっと心配だったのだけど、最近は色々なことに興味を持つようになったのよ。もちろん、剣の練習も欠かしていないけど」
「へえ」
イザベルがルイスのお友達が欲しいと思ってバルバラに相談したのは、ルイスを健やかに成長させて自身と彼の破滅ルートを回避するためだ。けれど、結果的にレオンのほうにもいい変化があったならこれ以上嬉しいことはない。




