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朝食の場でイザベルとルイスの話を聞きながら、アレックスは眉をひそめた。
ふたりの話やドールから事前に聞いていたことを総合すると、昨日の日中ルーン子爵はなんのアポイントもなしに突然アンドレウ侯爵家を訪問してきた。そして、イザベルに対してルイスの育て方について一方的に糾弾し、挙句の果てに自身の屋敷でルイスを引き取ることを申し出てきたようだ。
「荒唐無稽な提案だ。無視していい」
「最初からそのつもりです」
イザベルは当然とばかりに、ぴしゃりと言い切る。
そのはっきりとした物言いに、アレックスは口元に笑みを浮かべる。
「ルーン子爵家には、このたびの無礼を強く抗議しておこう」
「ええ、そうしてください。あの人は二度とこの屋敷にこなくて結構です」
イザベルは相変わらず毒舌だ。
結婚した当初、アレックスはイザベルのこの気の強さは彼女の欠点だと思っていた。しかし、今となってはとても頼もしい魅力のひとつに思えてくるのだから不思議なものだ。
「ぼくあのひときらい。おかあさまのことをばけものっていった」
ルイスが口を開く。
「なんだと?」
アレックスはこめかみをぴくりとさせる。
「とても不思議なことが起こったんです。ルイスを引き取ると言われてわたくしがお引き取りするように申し上げましたら、逆上したルーン子爵が掴みかかって来まして」
「掴みかかられたのか!?」
アレックスは語気を荒くする。
「いえ。触れられる直前に、見えない力が発生してルーン子爵が弾き飛ばされました。それで、彼は怯えてわたくしに対して『化け物』と」
「おかあさまはばけものじゃないよ!」
ルイスは昨日のことを思い出したのか、プンプンしながら言う。
一方のアレックスは眉根を寄せた。
「見えない力が発生してルーン子爵が弾き飛ばされた?」
「はい。わたくしに触れようとした瞬間、バチンと弾き飛ばされておりました」
聞いてすぐに、防御魔法を使ったのではないかと思った。ただ解せないのは、イザベルは魔法を使えないのだ。
「確認するが、ルーン子爵が触れようとしたのはルイスではなくイザベルか?」
「はい。わたくしです」
イザベルは淀みなく答える。
(妙だな)
防御魔法は、術者を攻撃から守る魔法だ。
ルイスが無意識に発動したとすれば、攻撃されたのはルイスのはず。しかし、イザベルは自分が掴みかかられたと断言した。
(実は、イザベルも魔法を使えるのか?)
アレックスはテーブル越しに手を伸ばし、イザベルの手を握る。
「だ、旦那様!?」
突然のアレックスの行動にイザベルは顔を赤くした。
(……やはり、無意識に魔法を使えるとは思えないな)
見た目で判断できなくても、触れれば大体わかる。イザベルにはほんの僅かしか魔力がない。これでは、訓練に訓練を重ねてやっと魔法をひとつ使える程度にしかならないだろう。
「昨日、そのときにいつもと違うことはなかったか?」
「違うこと?」
イザベルは質問の意図を測りかねたようで首を傾げる。
「今の話を聞いて、もしかすると防御魔法が発動したのではないかと思ったんだ。だが、イザベルは魔法を使えない。だから、奇妙に思った」
「ああ、なるほど」
イザベルは納得したように頷く。
そのとき、ふたりの会話を聞いていたルイスが口を開く。
「ぼく、おかあさまにおまもりわたしたよ」
「お守り?」
イザベルはそこでハッとしたような表情になった。
「そういえば、ルイスから貰ったお守りをポケットに入れていました」
「ルイスから貰ったお守り?」
「はい。強盗に襲われたあとから、持っていないとルイスに『ちゃんともってて』と注意されるんです」
イザベルは苦笑しつつ肩を竦める。彼女がポケットから取り出したのは、以前アレックスももらったことがある庭の小石だった。ちなみに、アレックスのものは執務室の机の引き出しに入れてある。
(ルイスの魔法? いや、しかしそんなことが──)
アレックスは魔法庁の長官として、様々な魔法に関する事例に関わっている。スランの中でも最も魔法に詳しい人間であると自負していたが、それでもこのような事例──ものに加護を付与して持っている対象者に効果を発揮させるなど、聞いたことがなかった。
(だが、小石に魔力を込めた時点で前例がない)
アレックスがルイスから貰った小石には、間違いなくルイスの魔力が籠っていた。それは、前魔法庁長官にも確認してもらったから間違いないはずだ。
アレックスは前魔法庁長官と話したときのことを思い出す。前魔法庁長官は、ルイスには天から授けられた才能があるかもしれないと言っていた。
(もし本当にそうだとすれば──)
世紀の大発見とも言っていい。
例えば、騎士が持つ盾にこの力を付与しておけば、怪我などによる被害が格段に減るだろう。
「ルイス。どうやってこの小石をお守りにしたんだ?」
「ん-っとね、だいすきなひとをまもってくださいっておねがいするの」
ルイスは得意げに説明する。
それを聞いて、どうやらルイスは感覚で作っているようだと悟った。
「まあ、ルイス。お母様を守ってくださいってお願いして作ってくれたのね。嬉しいわ、ありがとう。ルイスは偉い子ね」
「えへへっ」
イザベルは満面の笑みを浮かべ、ルイスを抱きしめていた。
(とにかく、詳細に調べる必要はあるな)
これがルイスだけにしかできないことなのか、他の魔術師でも訓練すればできるようになるのかはわからない。
ただひとつ、アレックスは確信したことがある。
ルイスは魔術の天才だ。




