(54)
「おかあさまだいすき」
「おかあさまもルイスがだいすきよ」
「うん」
ルイスは嬉しそうに微笑んだ。
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夢を見た。
立派な校舎を見て、すぐにここがどこなのかを、イザベルは理解する。
(グランハート・ファンタジアの舞台になる学園ね……)
たしかここにヒロインが転校してきて、たちまち男子学生たちを魅了していくのだ。
ふと「キャー」と黄色い声が聞こえてきてイザベルはそちらを見る。渡り廊下を数人の男子生徒が歩いているのが見えた。全員が全員、神からの祝福を受けたかのような美しい造形をしている。
そして、その中のひとりにイザベルは目を奪われた。
(アレックス様? 違う、ルイス……)
ルイスは女子生徒に話しかけられ、にこっと笑う。何か会話を交わすと、また歩き始めた。
(ヒロインはまだ登場していないのかしら?)
ヒロインが入学したのは何年生だったろうと記憶を反芻するが、いまいち思い出せない。
考え込んでいると、ふいに肩を揺すられた。振り向くと、いつの間に移動してきたのかルイスがいて、こちらを見つめている。
(大きくなったのね)
なんて立派になったのだろう。ジーンと胸が熱くなったイザベルは、思わずルイスを抱き寄せた。普段の抱き心地とは全く違う、大人の体格だ。
(これはきっと夢ね)
だって、ルイスはまだ四歳なのだから。
近い未来、ヒロインが現れる。そのときルイスはどんなふうに彼女に接するのだろう。
「……ヤンデレはだめよ」
イザベルはルイスに囁く。
お願いだから健やかに育ってほしい。全てのヤンデレがだめだとは言わない。愛し方は人それぞれなのだから。
けれど、好きな子を檻に閉じ込めてペットのように慈しむヤンデレはアウトである。それはもはや、愛情表現ではなく犯罪行為だ。
(どうかルイスが幸せな人生を歩みますように)
イザベルはルイスの幸せを願い、腕に力を込めた。
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朝日の眩しさを感じて目を開けると、目の前に秀麗な美貌があった。
(ん?)
イザベルは目を瞬く。
「え、え、え⁉」
驚いてがばっと体を起こしたイザベルは、辺りを見回す。昨晩、ルイスを寝かしつけに行ったところまでは覚えているのだが、そのあとぱったりと記憶が途絶え、いつの間にか彼女は自分の部屋のベッドの上にいた。
そして、不思議なことがもうひとつ。
(なんで旦那様がここに!?)
イザベルのベッドサイドで、なぜかアレックスが眠っていた。
ただ、イザベルはしっかりとナイトウェアを着たままだし、アレックスに至っては仕事場に行くようなきっちりとしたシャツにズボンを着こんでいる。
状況を整理しようと記憶を辿るが、全く思い出せない。
(お酒を飲んだわけでもないはずなのに、なぜ!?)
イザベルが青くなっていると、眠っていたアレックスがゆっくりと目を開ける。
「もう朝か。おはよう、イザベル」
「お、おはようございます」
イザベルは若干挙動不審になりながらも挨拶を返す。
「旦那様。実はわたくし、昨晩の記憶が曖昧でして……。昨晩、一体何が?」
恐る恐る、一体何があったのかを確認する。
「昨晩、きみがルイスの部屋で眠ってしまっていたから俺がここに運んできた」
「えっ、申し訳ございません。ありがとうございました」
イザベルはスススッと視線を泳がせながらもお礼を言う。
(では、なぜ旦那様がここに?)
そんな心の声は、アレックスに筒抜けだったようだ。
「運んできて部屋を去ろうと思ったのだが、きみが抱きついてきて離れないからここにいたら私まで眠ってしまった」
「ええっ!」
イザベルは衝撃の事実に悲鳴を上げる。
(抱きついた? 抱きついたってわたくしが?)
困ったことに、全く記憶がない。意識もなく男性に抱きつくなど、まるで痴女ではないか。
「そ、それはどうお詫び申し上げればよいか───」
冷や汗だらだらで謝罪すると、アレックスは「気にしなくていい」と言った。
「それよりも、昨晩ルーン子爵が来ただろう? あとでどんな用件だったか、教えてくれないか。私は昨日帰ってきたときの格好のままだから、まずは風呂に入って着替えたい。そのあと、ルイスも一緒に食事を摂ろう」
「はい。かしこまりました」
イザベルは頷いた。
すると、アレックスは微笑んでイザベルに顔を近づける。ふにっと額に柔らかいものが触れた。
「では、また後程」
「……はい」
イザベルはアレックスが部屋を出るのを見届けてから、自分の額に触れる。
顔が真っ赤になっているのが、自分でもわかった。
(昨晩、本当に何があったの!?)
イザベルはアレックスの甘い態度に戸惑いを覚え、頭を抱えたのだった。




