(6)
◇ ◇ ◇
ルイスを救うと決心したイザベルは、改めてグラファンの世界、特にルイスについての設定をノートに書き記憶を整理した。ルイスを助けるためには、これからこの世界でどんなことが起きるかを知っている必要があると思ったからだ。
机に向かうイザベルは、ペンを走らせては考え込み、また暫くするとペンを走らせるという作業を繰り返す。
「だいぶ思い出してきたとは思うんだけど──」
イザベルは時系列に書き連ねたノートを読み返した。
──ルイス・アンドレウ。アンドレウ侯爵家の若き当主にして、世界一の大魔法使い。
それがグラファンにおける、ルイスの肩書だった。
生まれながらに膨大な魔力を持っていた彼は、二歳の頃に実の母親が失踪していなくなった。
母親がいない寂しさもあったのだろう。その膨大すぎる魔力故に、ルイスは癇癪を起こして魔力を暴走させることが度々あった。
屋敷の使用人達はそんなルイスを化け物として嫌厭し、魔法庁の長官をしている父は仕事で不在にしがち。ルイスは物心ついた頃から、孤独の中にいた。
そんな彼にとっての転機は父──アンドレウ侯爵の再婚だ。
新たに母となったのはイザベル・バレステロス公爵令嬢。彼が四歳のときのことだった。
ルイスは多くの幼い子供がそうするように、新しい母親に愛情を求めた。しかし、その母親──イザベルは彼の純粋な願いを拒絶するだけでなく、疎ましく思って徹底的に虐げるようになった。
そしてそれは、結婚して程なくしてアンドレウ侯爵が帰らぬ人となってからは、さらにエスカレートした。
殴る、蹴る、暴言を吐くなどは当たり前。
食事を抜いたり、わざと腐ったものを出してそれを食べて吐き出す様子を笑いながら眺めたりした。彼の大切にするものをわざと目の前で燃やしたこともある。
全ては、ルイスを絶対服従させて支配下に置くことでアンドレウ侯爵家内の権力を欲しいがままにするためだ。
だから、ルイスが義理の母──イザベルを強く憎むようになったのは至極当然の流れだった。
そして彼が十五歳のとき、ついにルイスは怒りを爆発させた。それによりイザベルは生きながらに肉体を魔法の炎に焼かれ、もがき苦しみながら死んだ。
苦痛に悲鳴を上げながら死にゆく義母を眺めながら、ルイスは微笑みを浮かべる。
泣き叫び懺悔するイザベルに、彼は笑いながらこう言った。
『心地いい鳴き声だ。今までの感謝を込めて、あなたには最高の苦しみを差し上げます。なぜなら、これは僕にとって復讐なのだから』
イザベルを見つめるルイスの目は、氷のように冷たいものだった──。
「あー! 思い出せば思い出すほどひどすぎる!」
イザベルはバシンと机を叩くと、頭を掻きむしり項垂れる。
記憶を整理した結果わかったことは、イザベルはとんでもない悪女だったということと、ルイスは愛情に飢えた子供だということだ。
(記憶を取り戻した今、こんなひどいことをする気は一切ないけど──)
ただ、それだけでルイスを真っ当な道に正すことができるのかというと疑問が残る。根本的に、彼は両親からの愛情に飢えているのだ。
ルイスに会う前までは別荘に引きこもって彼に会わないようにさえすればいいと思っていた。けれど、彼を取り巻く問題はもっと根が深いように感じた。
イザベルは改めてノートを読み返す。
(アンドレウ侯爵──アレックス様はどうして亡くなったんだっけ?)
たしか、まだルイスが小さいときの事故だったはず。
攻略対象のひとりの親の情報など、ゲームの中でもほんの一瞬しか触れられない。イザベルは右手をこめかみに当て、記憶を辿る。
(結婚して程なくしたころ盗賊に襲われている馬車に遭遇して、助けようとした際に巻き込まれたって情報がちらっと出ていた気がするわ。たしか、新しく出回り始めた魔道具──魔法銃の犠牲になったのよね。その影響で、ルイスは魔法を使った武器や拷問器具にも興味を持つようになりヤンデレ度が爆上がり──)
それをノートに書きながら、ふと気づいてしまった。
「ちょっと待って! 結婚して程なく?」
程なくとは一体どれくらいの期間を指すのだろうか。そこまで詳しい情報が出ていたわけではないので正確な期間の記憶はないが、少なくとも五年、十年経ってからのことを『程なく』とは言わないだろう。
(つまり、近い将来わたくしは未亡人になるってこと? 嘘でしょう?)
イザベルはサーッと顔を青くする。
当主を失った貴族の家門など、悲惨なものだ。自身の家門の権力を強めようと、魑魅魍魎たちが跋扈する恐ろしい世界なのだから。
あっと言う間に財産を搾取されてしまうだろう。
(もしかして、イザベルがルイスをあそこまで虐げたのはそのストレスもあった?)
真実はわからないが、あり得ない話ではない。
(屋敷のことについて知りたいわ。今、何も知らないのよね)
悪女だという前評判のせいで、イザベルは明らかに屋敷の使用人達から避けられていた。
実を言うと、世間話をするような関係を築けている使用人が未だにひとりもいない。これでは、ルイスの状況を探りようもない。
(まずは家令のドールに屋敷について聞いてみましょう。それに、使用人達とも仲良くなって、とにかくルイスについて聞ける人を作らないと。あと、できればアレックス様ともお話しできるようになりたいわ)
「よし。そうと決まれば、実行あるのみね! 名付けて、『ルイスを天使のまま大人にしよう作戦』よ!」
自分で言ってから、なんて捻りのないネーミングなのだろうと思わず笑ってしまう。
だが、ルイスを助けてあげたいという気持ちは本物だ。