(53)
(嘘おっしゃい!)
さっきルイスにおじいさまが来ているから会うかと聞いたら、『だれ?』ときょとんとした顔をしていた。つまり、ルイスの記憶に残らない程度の交流しかしていないということだ。
「ルイス。おじいさまが会いに来たよ」
ルーン子爵はイザベルの横にいるルイスに向かって両腕を広げてみせる。すると、ルイスは怯えたようにイザベルの後ろに隠れた。明らかに警戒されている。
ルーン子爵はそれを見て、ううんっと咳払いをする。
「ところでイザベル夫人。ルイスを外で遊ばせていたとか。この子は体が弱くて部屋からなかなか出られないのに、風邪でも引かせたらどうするつもりですか」
(体が弱い? それ、どこの情報よ!)
ルイスは健康そのものだ。
おおかた、ルイスを屋敷に放置して遊び歩いていた前妻が『体が弱くて連れ出せない』と言い訳でもしていたのだろう。
「ご心配なさらなくて大丈夫ですよ。ルイスは最近、とっても元気なんです。風邪なんて全然ひいていません。ね、ルイス?」
「うん。ぼくかぜひかないよ」
ルイスははっきりと答える。
「それに、健康な体作りには幼少期からの生活習慣が大切なのです。いつも部屋に籠っていて、ぶくぶく太ったみっともない姿になってしまっては大変ですもの」
イザベルは右頬に手を当てて悩ましげに言う。
「生活習慣?」
ルーン子爵は意味がわからないと言いたげだ。
暗に「あなたみたいな体型にならないように運動させているんです」と言ったつもりなのだが、ルーン子爵は相当察しが悪いようで通じていなかった。残念だ。
「ねえ、ぼくへやにもどっていい? ポーくんとあそぶ」
ルイスはルーン子爵との面会に早くも飽きてしまったようだ。実の祖父だろうが、ルイスにとっては突然来た知らないおじさんなのだから、当たり前だ。
「わかったわ。もう少ししたらおやつだからそれまで遊んでて」
「うん」
「いいや、だめだ」
イザベルとルイスの会話を遮ったのは、ルーン子爵だった。
「せっかく会いに来た祖父を蔑ろにするなんてどんな教育をしているのですか。このままでは心配なのでルイスはルーン子爵家で引き取ります」
ルーン子爵の言葉に、イザベルはぴくっとする。
「引き取るですって? そんなバカげた提案、了承するわけがないでしょう?」
イザベルはルーン子爵を睨み付ける。
ルイスの健やかな成長を邪魔する人間は誰であろうと許す気はない。
「お引き取りくださいませ。そして二度とお越しいただかなくて結構です」
「なんですとっ! 私はこの子の実の祖父ですぞ! あなたこそ、血のつながりもない継母のくせに──」
もし切れるときに音がするなら、間違いなくブチっと音がしただろう。
イザベルはバシッと音を立てて扇を広げる。
「聞こえませんでしたか? お引き取りくださいと申し上げました」
ルーン子爵の顔が赤く染まる。
「このっ! 下手に出ていれば──」
ルーン子爵がイザベルに掴みかかろうとする。
「おかあさま!」
恐怖でルイスはイザベルにしがみつく。ルーン子爵の手がイザベル触れそうになったそのとき、バチッと音がして彼の体が弾き飛ばされた。
「な、なんだっ!」
尻もちをついたルーン子爵は驚愕の表情を浮かべて後ずさる。
「ば、化け物だ!」
あっという間に逃げ出していったルーン子爵を、イザベルは呆気にとられて見送った。
(え? 今のは何?)
イザベルは自分の両手を見る。
ルーン子爵に触れられそうになって「助けて!」と思った瞬間、彼の体は弾き飛ばされた。まるでそれは、イザベルを守っているかのような不思議な力だった。
「ふぇっ」
足元で泣き声がした。
見ると、ルイスが目に涙をいっぱい貯めて今まさに泣きだそうとしているところだった。イザベルは慌ててルイスを抱き上げる。
「ルイス、ごめんね。怖かったわね」
「あのひと、ぼくのことばけものっていった」
ひどく傷ついたような様子のルイスを見てハッとする。
ルイスはイザベルが来る前まで、頻繁に魔力暴走を起こして屋敷の人々から〝化け物〟と嫌厭されていた。もしかすると、彼の心の傷を蘇らせてしまったのかもしれないと、イザベルは唇を噛む。
(あの男、許すまじ)
「ルイスのことじゃなくてお母様のことを化け物って言ったのよ。あんな人の言うことには耳を貸さなくていいわ。あっちのほうがよっぽどモンスターだもの。それにね、ルイスは全然化け物じゃない。お母様の可愛い天使様よ」
「おかあさまもばけものじゃないよ」
「そうね。ありがとう」
イザベルはぎゅっとルイスを抱く手に力を籠めた。
その日の晩、ルイスはいつもより早くベッドに入った。
いつもなら一人で寝るのに寝るまで側にいてほしいと甘えてきたのは、きっと昼間の事件が原因だろう。
「おかあさま、ねるまでいてね」
「ええ。ここにいるわ」
イザベルはルイスの胸の辺りをトントンと軽くタップする。




