❖ 私の居場所(サラ視点)
昼下がりの高級サロン。
優雅にお茶をする数人の夫人達の会話が聞こえてきて、サラは耳をそばだてた。
「王都近くにあるアンドレウ侯爵家が所有していた屋敷が解体されて、公園になったらしいわ。それも、子供向けの」
「子供向けの公園?」
「ええ。見たこともない遊具がたくさん置いてあって、とても人気らしいわ」
「まあ、そうなの? 行ってみたいわ。でも……アンドレウ侯爵家ってあのイザベル・バレステロス公爵令嬢が嫁いだところよね? 大丈夫なの?」
夫人のひとりが声をひそめる。
「それが、大丈夫らしいのよ。わたくしも心配で行った方に聞いてみたのだけど、たまたま様子を見にいらしていて、感じがよくて美しい方だったって。前妻のお子様をとても可愛がっていたらしいわ。それに、公園には警備の衛兵もいて、安心して遊べるそうよ」
「ええー! あのイザベル様が? 四六時中怒鳴り散らして、鞭を振り回していたわよね? 絶対子供のことも虐待すると思っていたわ」
「きっと結婚して変わったのよ。アレックス様の愛の力かしら?」
愛の力の下りで「キャーッ」と夫人たちの黄色い声が聞こえてくる。
サラは苛立ちを感じ、ぎりっと歯を噛みしめた。
(なんであの女の評判がよくなってるの? ほんっと意味わかんない。それに、アレックスはあの女を愛してなんかいないわよ)
そもそも、出て行かせるはずだったイザベルが今もアンドレウ侯爵家に居残り、代わりにサラが追い出されている今の状況が意味不明だ。
サラは再三にわたってアレックスに連絡したし、バルバラにも「アレックスが騙されている」と訴えた。それなのに、彼らときたら聞く耳を持たないのだ。
ひとりイライラしていると、テーブルを挟んで正面の椅子が引かれる。
「お待たせしたかな。久しぶりだね。元気にしていたかい?」
穏やかな笑みを浮かべる老紳士は、前魔法庁長官だ。アレックスの元上司で、サラも何回もあったことがある。
「それで、急に連絡してきてどうしたんだい? 相談したいことって?」
前魔法庁長官は心配そうにサラを見つめる。
サラは口元に手を当て、顔を俯けた。
「実は、アレックスの家のことで少し心配なことがあって」
「心配なこと? 一体何が?」
「新しい奥様が来て、ルイスの立場が悪くなっているんです」
「なんだって?」
前魔法庁長官は眉根を寄せる。
「たしかに彼女の評判は良くないが、会ったときの印象はそんな風に見えなかったが──」
「奥様はとても、狡猾なのです。相手によって仮面を使い分けます」
「そんなことが……。アレックスはそのことを知っているのか?」
サラは首を横に振る。
「伝えたのですが、まともに取り合ってくれなくて」
「では、私から連絡してアレックスに話を──」
そこまで前魔法庁長官が言いかけたところで、サラは「ダメです!」と声を上げる。
「その……アレックスはイザベルさんを信じ切ってしまっているところがあって。逆に、怒らせてしまうかもしれません」
サラはそこまで言うと、ぎゅっと手を握って前魔法庁長官を見る。
「ルーン子爵をご紹介いただけないでしょうか?」
「ルーン子爵?」
前魔法庁長官は驚いた顔をする。
ルーン子爵とは、亡くなったアレックスの前妻の父であり、ルイスの祖父だ。
「はい。ルイスの危機を救うには、ルーン子爵のお力を借りるのが一番だと思うんです」
「……なるほど」
前魔法庁長官は少し悩むような顔をしたが、「話はわかりました」と言った。
「彼とは紳士クラブで何度か交流がある。連絡してみよう」
「ありがとうございます」
サラはパッと表情を明るくする。
その後は少し世間話をして、ふたりは解散した。
「ごきげんよう」
「ああ。サラさんも元気で」
前魔法庁長官は人の好い笑みを浮かべ、片手を上げる。
サラは彼に向かって、手を振った。
(このままじゃ、済ませないわ)
アンドレウ侯爵家の居場所はサラのものだったのに、あの女が来てから何もかもおかしくなった。
(待っててね、アレックス。すぐに元通りにしてあげる)
サラは人知れず、口元に笑みを浮かべた。




