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「いってもよいか?」
問われた従者と思しき男性は、イザベルのほうを見る。
「失礼ですが、ここはアンドレウ侯爵家の敷地だったかと思いますが──」
「そうです。敷地を改修して子供向けの公園を作ったんです」
「子供向けの公園?」
「ええ」
男性はイザベルの背後に広がる公園に目を向ける。公園ではジェシカに見守られながらレオンが遊んでいた。
「ルイスー!」
レオンは視線に気付いたのか、こちらに向かって大きく手を振る。それに応えて、ルイスも両手を大きく振っていた。
「ねえ、いこ」
ルイスがもう一度男の子を誘う。男の子が再び従者を見ると、従者はこくりと頷いた。
それを見た男の子はルイスに「行く」と言う。
「やったー。はやくはやく!」
ルイスは新しいお友達の登場に大喜びしながら手招きする。
ふたりは走って遊具のほうへ向かって行った。
「それではしばしお邪魔させていただきます」
「はい、どうぞ」
従者はぺこりとイザベルに会釈すると、子供達のあとを追いかけてゆく。イザベルもそれに続いた。
(……この方、何者?)
従者は従者で明らかに身なりがよく、ただの金持ちの子どもには到底見えない。絶対に貴族だ。
それに、今さっきの短い会話から相手は当然イザベルが自分達を知っていると思っているようだった。ということは、少なくともアンドレウ侯爵家よりも高位貴族なのだろう。
(どこかの公爵家にあれくらいの子どもがいたかしら? うーん……)
スランには、イザベルの実家であるパレステロス公爵家の他に三つの公爵家が存在する。そのどれかだろうか。
そのとき、新しく仲間に加わった男の子を見たジェシカが「あらっ」と声を上げる。
「イザベル様。殿下までお呼びしたの?」
イザベルのほうを振り返ったジェシカの問いかけに、イザベルは一瞬何を言われたのかわからなかった。
「殿下?」
「ええ、殿下よ。あの男の子、ミゲル殿下よね? お付きの方にも見覚えがあるわ」
ジェシカは無口な従者の男をちらっと見てイザベルに耳打ちする。
(殿下……。ミゲル殿下……)
「ええー!」
イザベルは驚きのあまり、大きな声を上げる。
(嘘でしょう?)
ミゲル殿下ことミゲル=スランはここスランの王太子だ。
そして、乙女ゲーム『グランハートファンタジア~スランの聖女~』の正規ルート攻略対象者でもあった。
煌めく金色の髪と宝石のように美しい青の瞳、そして、どこをとっても芸術品のように美しい王太子は見た目だけでなく聡明かつ人望も厚く、まさに〝理想の王子様〟を具現化したような人物だったと記憶している。
(どうりで綺麗な顔していると思ったわ! っていうか、これはどういう状況?)
グランハートファンタジアには五人の攻略対象者がいるが、そのうちの三人──王太子、天才騎士団長、天才魔術師が意図せず揃ってしまうなんて!
(どうしましょう。適当に言い訳をしてひとまず解散したほうがいいのかしら?)
王太子と関わることでまだ見ぬヒロインに出会ってしまい、ヤンデレへの道を踏み出してしまっては困る。
意を決したイザベルだったが、遊具で遊ぶ子供達を見て心が揺らぐ。
三人は揃って滑り台で遊んでいた。初めて会ったにもかかわらず、すでに打ち解けて楽しそうに声を上げて笑っている。
(とっても楽しそう……)
ミゲルは将来ヒロインを射止める可能性が最も高くルイスにとって恋のライバルだが、ミゲル自体が悪人なわけではない。
むしろ、グラファンにおけるミゲルは誰にでも優しく聡明で、理想の王太子そのものだった。
どうしようかと迷っていると、イザベルに従者が話しかけてきた。
「よくここで、子どもを遊ばせているのですか?」
「いいえ。実はここはできたばかりで、今日はオープン前の視察も兼ねて初めて子供達を連れてきたんです」
「なるほど。では、とてもタイミングがよかったのですね」
従者は頷く。
「あの……ミゲル殿下はなぜここに?」
イザベルはおずおずと尋ねる。
ここは市中にあるアンドレウ侯爵家の所有している土地で、王宮とは離れている。普段王宮に住んでいるはずのミゲルがふらっと現れるような場所ではないはずだ。
「今日は外出の予定があって、たまたま帰り際に馬車からここを見かけた殿下が降りたいとおっしゃったんです」
「そういうことですか」
たしかに、入口にはミゲルが乗っていたと思しき馬車が停まっていた。物珍しい遊具が沢山あるので、たまたま目に入ってそのまま目を奪われてしまったのだろう。
(じゃあ、本当に偶然なのね)
グラファンにどれくらいのルート補正の強制力があるかはわからないが、今の話を聞く限りは全くの偶然でミゲルはこの公園の前の通りを通りかかったように聞こえた。




